おとなしそうな男がなぜ殺人を? 登場人物すべてがどこかおかしい…愛がまねく予測不能の戦慄サイコサスペンス

文芸・カルチャー

公開日:2022/5/23

初めて会う人
初めて会う人』(くわがきあゆ/産業編集センター)

 初めて目が合った時から、その引力は働いていたのかもしれない。胸に宿るのは、「この出会いは運命だ」という確信。この思いは、一目惚れや憧れだなんて生やさしい言葉では形容できない。それは依存であり、執着だ。常に相手のことを目で追わずにはいられないし、四六時中、考えずにはいられない。あの人みたいになりたい。あの人を喜ばせたい。あの人に近づくにはどうしたらいいだろう。あれこれ勝手に独り相撲をしては空回りばかり。あなたには、そんな自分でもどうしようもないほどの強い愛情を抱いた経験はあるだろうか。

初めて会う人』(くわがきあゆ/産業編集センター)は、まさにそんな愛情の姿を描き出したサイコサスペンスだ。著者のくわがきあゆさんは、後輩が殺された事件の謎を追うミステリー作品『焼けた釘』で、「暮らしの小説大賞」を受賞した人物。本作は彼女の2作目だが、前作同様、この作品でも巧妙な伏線と大胆な展開には驚愕させられる。こんなにも予測不能の小説は珍しい。人間心理の深淵を覗き込むような内容に震えが止まらない。

 物語は、ある男を中心に進んでいく。男の名は、工藤三鷹(くどうみたか)。誰の記憶にも残らないような、おとなしそうな30歳の会社員だ。彼には同僚の殺害容疑がかけられており、捜査一課に配属されて間もない刑事・静川は、先輩刑事・梨野とともに、取調べを担当することに。だが、工藤は完全黙秘。取調べの間、一言も言葉を発しなかった。

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 第1章は、そんな工藤の同僚・竜守令祥(たつもりれいしょう)の視点で描かれる。竜守は、初めて顔を合わせた時から先輩社員の工藤に惹きつけられてしまった。工藤を見ていると、頭がぼうっとしてしまう。絶えず目で追ってしまう。やがて婚約者がいるにもかかわらず、竜守は、工藤のことを隠し撮りしたり、服装から声色、すべて彼を真似、さらには、彼の隣室に引っ越しまで済ませた。同性異性を問わず誰にだって憧れの人はいるだろうが、さすがにここまでくると…。最初は、竜守の思いに自分の経験を重ね合わせて共感していた読者も、常軌を逸した行動に走り出す竜守にゾッとさせられるだろう。と同時に、つきまとわれ続けている工藤にほんの少し同情してしまう。そして、「きっと気弱な工藤はストーカー行為で追い詰められて、竜守を殺してしまったのだろう」と結論づけたくなる。

 だが、それは真実ではない。さらに警察の捜査では、今まで工藤の周囲で多くの人々が不審死を遂げているという事実が明らかになるのだ。そしてすでに事故として処理されてきた複数の事案がつながっていくにつれて、「なぜ」という思いが膨らんでいく。工藤の周囲の人々の視点で紡がれる物語を読み進めても、なかなかその理由が掴めない。工藤に嫌がらせをした人物は生き残り、工藤に親切にした人物は不審死を遂げているという場合も。理屈がまったくわからないからこそ、余計に恐ろしさが募る。ゾクゾク感が癖になり、ページをめくる手が止められなくなる。

 あなたもこの震慄のサイコサスペンスを、自身の大切な人のことを思いながら、読み進めてほしい。この物語に登場するのは、愛の狂気に陥った人間ばかり。工藤も例外ではないし、他の登場人物もどこかおかしい。だが、現実世界だって、人間の胸のうちはわからないもの。誰にだって否定されたくない領域があり、誰だっていつ何をきっかけに豹変するかわからないのではないか。そう思うと、背筋に冷たいものが走る。この愛がまねく予測不能の結末は、あなたに衝撃を与えるに違いない。

文=アサトーミナミ

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