ちょっぴり不幸な心情を詠む“歌人芸人”のボヤキ漫談『全員がサラダバーに行ってる時に全部のカバン見てる役割』

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公開日:2022/5/19

全員がサラダバーに行ってる時に全部のカバン見てる役割
全員がサラダバーに行ってる時に全部のカバン見てる役割』(岡本雄矢/幻冬舎)

全員がサラダバーに行ってる時に全部のカバン見てる役割』(幻冬舎)というタイトルを目にして、「わかる! それ、私。いつもやってる!」と思った方。あなたは誰かのために自分の居場所を譲ってあげられる、優しい人です。でもずっとそうしていると図々しい人に居座られてしまうので、日々積み重なってしまった小さな不幸をこの本でそっと癒やしてください。そしてたまには「◯◯ちゃん、見といてくれる?」と言って、さっさとサラダバーへ行ってしまいましょう。

「え、そんなこと考えたこともなかった!」と思った方。あなたは少々思いやりに欠ける人のようです。自分の居場所を皆のために空けてくれる人がどんなことを考えているのか、この本を読んでちょっとだけでいいのでわかってあげてほしい。そしてそんな自己犠牲精神のある人へ感謝の気持ちを伝え、たまには誰かのために自分の居場所を空けてあげられるようになってください。そうすると、世の中のギスギスがちょっとだけ減ると思います。

 本書は“歌人芸人”を自称する岡本雄矢さん(岡本さんはシモさんという相方と「スキンヘッドカメラ」というコンビで北海道を中心に活動しているそうですが、この本を手に取るまで私は存じ上げませんでした。すみません……)による歌集なのですが、岡本さんの不幸な毎日を約31字の不定形な短歌にしているため、詠む歌詠む歌とにかく全部トホホな感じなのです。

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 岡本さんが“あなたの不幸をちょっとずつ吸い取ってさしあげる本”と自認する本書から、いくつか短歌をご紹介しましょう。

初合コンで言われた第一印象は「実家の麦茶まずそう」でした

あの数ある自転車の中でただ1台倒れているのがそう僕のです

非通知の着信がきて受けられず誰からかわからないまま死ぬ

このバッターはアイドルと婚約したので三振をしてほしいもんだな

歯磨きのリズムキモいと言われてる同棲3日目の夜のこと

 暗い過去を引きずり、とことん運が悪く、後ろ向き思考で、呪詛の言葉に満ち満ちている……ようですが、詠まれた短歌は導入であり、本書ではその後になぜその句がひねりだされたのかの状況を語る部分がある、つまり「ボヤキ漫談」のような作りになっているのです。

 そしてたいていの話にはオチがあるのですが、時々「う~ん……もう一声!」と言いたくなるくらいのネタもあります。でも「まあ生きていれば、起きてほしくないことも時々は起こるし、しょうがないこともあるよねぇ」と逆にこちらがボヤキたくなる適度な緩さが心地良かったりして、実はそれが読者の身に起こった不幸を吸い取ってくれる作用になっていると思うのです(個人的な感想です)。

 ということで、頼まれもしないのに「私ここでカバン見てるから」と言ってしまう人も、何も気にせず我先にサラダバーへ行ってしまう人も、そもそもサラダバーのあるようなレストランへ誘ってくれる友人がいない人も、日々の不幸をふふふと笑って、明日はいいことあるかしら、と思えますように!

文=成田全(ナリタタモツ)

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