高齢者施設で相次ぐ不審死…社会が抱える闇をあぶり出す! 現役記者による社会派ミステリ

文芸・カルチャー

公開日:2022/5/18

名もなき子
名もなき子』(水野梓/ポプラ社)

 何も生み出さない高齢者は「社会悪」だ――そんな不穏な犯行声明と時を同じくして、高齢者施設で謎の不審死が相次ぐ。現役の報道記者である異色の作家・水野梓さんの二作目となる小説『名もなき子』(ポプラ社)は、不寛容な社会を映す鏡のような不穏な事件を中心に、「命の尊厳」について考えさせられる社会派ミステリだ。

 訳あって報道の前線から退いたものの、速報性より深みを重視する深夜枠のドキュメンタリー番組の制作にやりがいを感じていた美貴は、ある日、高齢者施設で不審死が相次いでいるとの週刊誌の記事に目を留める。違和感を覚えたもののいずれも事件化されていないため報道で追いかけるには早い。そんなある日、再び事件が起き、急ぎ美貴は現場へ向かう。

「何も生み出さない高齢者は『社会悪』だ」などと書かれた犯行声明が主要メディアや官邸に届いたため、現場には多くのマスコミが集まっていたが、「自殺」と取り合わない施設側を前にあっさり引き上げていった。ひとり現場に残った美貴は「おばあちゃんは絶対に自殺じゃない!」と泣きじゃくる少女と出会い、この事件をあらためて追うことを決意する。

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「社会福祉の対象者は社会のお荷物」とでもいうべき風潮が広がり、命のトリアージの不安に怯える社会は正常なのか…複雑な思いを抱えながら現場を後にした美貴は、帰宅途中で高熱を出して駅で倒れた青年を偶然助ける。悟と名乗るその青年は、病院にも行けない、行き場がない、と苦しげにいう。仕方なく美貴は幼い息子・陸と暮らす自宅に連れ帰り看病するが、少しずつ回復した悟は自分は「無戸籍」であり、親に捨てられ施設で育ったと生い立ちを語る。一体、この国はどれほどの闇を抱えているのか、衝撃を受けた美貴は事件の追及、そして悟の戸籍取得に奔走し始めるが…。

 冤罪事件を追った前作『蝶の眠る場所』では報道現場の臨場感と社会の断面へのするどい視点が注目を集めたが、今回も期待を裏切らない。本作でも前作と同じ主人公・美貴と報道ドキュメンタリー場組「アングル」の仲間たちが、報道からはこぼれ落ちてしまうような世の中の片隅で起きた小さな事件、社会のひずみに苦しみながら生きる人々の声をていねいに拾っていくのだ。

 戸籍・社会格差・貧困・ホームレス・DV・性的虐待・高齢者施設・出生前診断・児童保護施設……本書が描き出すさまざまな事象は複雑に絡み合い、社会が抱える闇をあぶり出す。社会のお荷物とばかり人を切り捨てていいのか、「命の尊厳」が軽んじられる現実に深く考えさせられることだろう。

 無駄な命なんてない――目の前の不条理に愕然としながらも、信念で動き続ける美貴。その姿は力強く、困難の前にとまどう私たちの背中までも押してくれる。スリリングな展開で読者をきっちり楽しませつつ、人が人として生きられること、そうした社会が続くことのかけがえのなさ、他者への信頼…大切なことをひとつひとつ確認させてくれる社会派大作だ。

文=荒井理恵

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