危機の時代の今こそ「国民文学」を読もう! 最強の読書人が解説する司馬遼太郎『坂の上の雲』

文芸・カルチャー

公開日:2022/6/2

完全読解 司馬遼太郎『坂の上の雲』
完全読解 司馬遼太郎『坂の上の雲』』(佐藤優,片山杜秀/文藝春秋)

 昭和の「国民文学」と呼ばれた司馬遼太郎の名作『坂の上の雲』。明治初期から日露戦争までの日本の発展を描いたこの作品は、1969年の初版刊行以来、時代を超えて多くの人に愛され続けている。特に古い経営者や地位のある人からは「座右の書」と称される作品だが、もしかしたら、令和を生きる若者たちの中には未読という人も多いかもしれない。

 だが、作家で元外務省主任分析官の佐藤優氏、思想史研究者の片山杜秀氏は、『坂の上の雲』を、令和の時代にこそ読むべきだと強くすすめる。彼らによる『完全読解 司馬遼太郎『坂の上の雲』』(文藝春秋)は、『坂の上の雲』を令和の読者も楽しめるように完全読解した1冊。

 現代きっての読書人である2人はどうして今『坂の上の雲』をすすめるのだろうか。佐藤氏と片山氏は歴史への洞察が深く、『坂の上の雲』の新たな読み方を教えてくれる。これから『坂の上の雲』を読もうという人はもちろんのこと、今まで何度も読んだという人も、この本を読むと、再び『坂の上の雲』を手に取ってみたくなるに違いない。

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 そもそも『坂の上の雲』は、松山出身の3人の人物、秋山好古・真之兄弟、正岡子規を描き出した歴史小説だ。「まことに小さな国が、開化期をむかえようとしている」という印象的な書き出しで始まるこの作品の舞台は、近代国家として産声をあげたばかりの明治期の日本。物語の中心となるのは日露戦争だが、司馬遼太郎は、「自らがこの国を作り上げるのだ」という強い野心をもった3人の青年の葛藤の日々をいきいきと描き出していく。

 佐藤氏は『坂の上の雲』を今読み直す意味のひとつに、学ぶことの楽しさを取り戻すことがあると主張する。今の時代は、教育が右肩下がりの時代。頑張って良い学校を出ても、必ずしも成功するわけでもない時代情勢の中、教育に対する国民の反感が高まっている。

 一方で、『坂の上の雲』で描かれるのは、学ぶことが自身の立身出世につながり、さらには国家の発展にも直結した時代だ。「幸せな時代だった」といえばそれまでだが、佐藤氏は「国民が学ばなくなった国家には未来はないだろう」と言い、今の時代だからこそ『坂の上の雲』から学ぶことは多いのではないかと述べる。

 また、片山氏は、『坂の上の雲』を、世代間のギャップを埋める「最高の共通言語」になるかもしれないと語る。若い世代は、今の日本に息苦しさ、閉塞感を抱いている。年配の世代も、今の日本から何か大事なものが失われたと感じている。そういう中で『坂の上の雲』をともに読むことは、「今日の日本に対する危機感」を共有できるのではないかという。

 実際に『坂の上の雲』を読んでみると、青年たちの情熱に圧倒される思いがする。確かにこの作品で描かれているのは、誰もが努力さえすれば何にでもなれる時代であり、そう単純に信じられることが羨ましくもある。ハツラツとした明治期の日本と比べて、政治も経済も教育も停滞した今の国の状況にため息をつきたくもなる。

 だが、何一つ他人事にはできないということにも同時に気付かされる。私たちひとりひとりが日本という国を作るのだということ、努力をしなければ何も始まらないのだということをこの本は思い出させてくれる。

 現在の日本の危機を克服する上で重要なのは、過去から学ぶことだろう。そのために『坂の上の雲』は重要なテキストとなるし、佐藤氏・片山氏による本書はその魅力をさらに惹き出してくれる。あなたも、『坂の上の雲』と、この解説書を読んでみてはいかがだろう。今のままではいけないという危機感と、これからの時代を作るのは自分たちだという思い。懸命に学び、日本のために心血を注ぐ主人公たちの姿は、これからを生きる私たちを鼓舞してくれるに違いない。

文=アサトーミナミ

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