いじめの加害児童への世間の憎しみ、加熱報道…。中山七里が描く、崩壊寸前の被害者家族をめぐるミステリー

文芸・カルチャー

公開日:2022/6/3

棘の家
棘の家』(中山七里/KADOKAWA)

 なにか事件が起きたとき、被害者宅に押し寄せるマスコミには非難の声が集まるけれど、加害者宅に対するそれはあまり聞かないな、ということに、小説『棘の家』(中山七里/KADOKAWA)を読んで思い至った。寝耳に水の大惨事であることは加害者家族も変わりがないはずなのに、罪を犯した側なのだから、叩かれても仕方がないとみんな無意識に思っているのかもしれない。自業自得、と冷めた目で距離をとることで、事件を自分とは無関係の場所に置く。けれど、どんな善人だっていつ事件に巻き込まれるかわからないし、被害者と加害者は容易に反転するのだということを、本作は読者に容赦なく突きつける。

 発端は、小学6年生の穂刈由佳が、教室の窓から飛び降りたことだった。生活保護を受けている母子家庭、という理由でいじめられていたクラスメートを守ろうとして、執拗ないじめを受けるはめになった彼女は、幸い、一命をとりとめた。だが、児童に箝口令を敷いて事実を隠蔽し、なあなあで終わらせようとする学校側に、母親・里美は怒り心頭。対して、父親の慎一が冷静……というより日和見の姿勢を見せるのは、彼自身が中学校の教師だからだ。自分が勤める学校でも、いじめとおぼしき問題が生徒から報告されながら、大ごとにしたくない校長との板挟みに悩んでいた彼には、小学校側の事情も透けて見えてしまうため、感情だけで突っ走って責めることができずにいた。そんな彼を、由佳の兄である息子の駿は軽蔑し、業を煮やした里美は加害児童の家に押しかけ騒ぎを起こし、家庭は崩壊寸前。藁にもすがる勢いで、情報を得るため、マスコミに手を貸してしまうのだが……。

 報道のおかげで、慎一たちは確かに真実を知ることができた。由佳の受けていたいじめが、いかに凄惨なものだったかも。けれど、マスコミが加害児童宅に連日詰めかけ、個人情報を暴き立てたネット民による嫌がらせがエスカレートしているのを知っても、心は晴れない。慎一たちが求めていたのは決して、世間を盾にとったリンチなどではなく、加害児童が反省して詫びてくれること、それによって由佳の心が少しでも癒えることだったからだ。そんな願いもむなしく、やがて被害者である慎一たちの家にも「状況を世間に説明するのが義務」とばかりにマスコミが押し寄せ、ネット民は無責任な邪推で好き勝手を言いはじめる。慎一がこぼす「人を呪わば穴二つ」という言葉が、重い。

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 と、それだけでも読んでいて苦しくなるというのに、とある衝撃的な事件を境に物語はさらに加速。穂刈家の秘密と隠された顔も浮かび上がってきて、読む手が止められなくなってしまう。棘に触ると嚢(のう)が破れて毒液が出るセイヨウイラクサみたいに、ひとつの悲劇を発端に、さまざまな人たちの、本人さえ自覚していなかった心の毒が溢れ出していく姿を描いた本作。いじめとは、裏通りで弱者が自分より弱い者を痛めつけること、というのは慎一の言葉だが、果たして自分はその論理から無関係でいられるのか、わが身をふりかえらずにはいられない。

文=立花もも

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