井浦新&尾野真千子で映画化も! 少し風変わりな女の子から見た世界を切り取った、今村夏子のデビュー作『こちらあみ子』

文芸・カルチャー

公開日:2022/6/26

こちらあみ子
こちらあみ子』(今村夏子/筑摩書房)

 井浦新さんや尾野真千子さんら豪華キャストで映画化される『こちらあみ子』(筑摩書房)。今村夏子さんのデビュー作で、太宰治賞と三島由紀夫賞をW受賞した作品でもあります。デビュー作ながら、物語が纏う不穏な空気など今村さんらしさが満載。救われない人々にひりひりしながら、読み終わると独特な後味にしばらく呆然としてしまいます。

 本作は、現在は祖母と一緒に暮らす主人公・あみ子が父と母、兄と暮らした小学生時代の物語です。小学生のあみ子は、母が営む書道教室を覗き見るのが大好き。教室に入るのを禁止する母の目を盗み襖の陰から覗いていると、ひとりの男の子と目が合います(実際はあみ子がそう思い込んだだけかもしれませんが)。それから数日後、その男の子が自分のクラスにいることに気づいたあみ子。先生に名前を教えてもらい、以降「のり君」はあみ子にとって特別な存在になります。しかしのり君は、あみ子が追いかければ逃げるし、つかまえて話しかけると帽子を深くかぶり、唇をかむ。つまりあみ子を避けているのですが、それがあみ子にはわかりません。

 あみ子は、「待って」と言われても待っていられない。学校にいても、帰りたくなったら家に帰ってしまうし、クラスメイトの顔と名前もほとんど覚えられない。自分の中では理屈がつながっている行動も他者からは異様に見えることが多いようで、そのせいでからかわれたり、母からつれなくされたりしています。

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 そして一度はその天真爛漫さが家族を救いかけるも、ある日母のためを思ったあみ子の行動で、家族は崩壊してしまうことに……。

 あみ子は自分に正直に生きているだけなのに、周囲との関係は悪化し続けるばかり。母も父も兄ものり君も、あみ子にとって大事な人はみな、あみ子に救いの手を伸ばそうとはしません。また、唯一あみ子に優しさを向けるクラスメイトの名前をあみ子は知らないし、覚えられません。読んでいるとあみ子が不憫で、紙の向こうから周囲に代わって手を差し出したい気持ちに。しかし、実際自分があみ子のクラスメイトだったら、小学生時代という多感な時期にあみ子に寄り添うことができただろうか? それどころか実際周りから浮いているクラスメイトに対して、率先していじめはしなくても、関わらないように遠巻きにしていたこともあったのでは? などと若かりし日の自分の自意識過剰や保身に思い至り、やるせない気分になってきます。しかもあみ子は自分や周りの環境について、悲観的に考えるそぶりもあまりありません。今も昔も、ただ目の前のことに全力で一生懸命生きているだけなのです。とすればこのあみ子への気持ちも、「実は他者を見下しているだけなのでは?」と一層やるせなくなるばかり。本書はそんな、自分の中に無意識に沁みついている無責任な正義感や無自覚な他者への評価を浮き彫りにし、揺るがす一冊でもあります。

 今村さんの映画へのコメントによると、「脚本の中には、原作にはない、ひとりぼっちのあみ子を優しく包み込むようなシーンが描かれています」とのこと。読む人によってさまざまな捉え方ができる『こちらあみ子』が映画ではどう捉えられているのか、楽しみです。

文=原智香

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