定年後の移住主婦が、田舎の市議会議員に立候補!? ままならない環境にあるすべての人に勇気をくれる、垣谷美雨最新作

文芸・カルチャー

公開日:2022/6/15

あきらめません!
あきらめません!』(垣谷美雨/講談社)

あきらめません!』(垣谷美雨/講談社)を読んで、あまりにリアルな田舎の描写に、ひさしぶりに思い出したことがある。私が生まれた土地は、絵に描いたように閉鎖的で、過疎化した山奥だった。そんな場所で育った高校3年生の春、祖父に「女が大学に行っても意味がない」と言われたときの心持ちだ。

 しかし、本作の主人公で、都会生まれ、都会育ちの霧島郁子がそんな思いをしたことがないかというと、そういうわけでもなさそうだ。

 ある日、郁子の夫が、田舎に帰りたいと言い出した。結婚して30年あまり、共働きとワンオペ育児を乗り越えて、定年後の専業主婦生活を謳歌していたところに、突然の提案である。夫の話を聞いていると、郁子を義母の介護要員として考えているふしもない。嘱託社員になった夫が、職場でのやりがいを失い、暗い顔をしているのも気になる。郁子自身、田舎暮らしへの憧れもあった。もし田舎暮らしが嫌になったら、夫を置いてひとりで東京に帰ってくればいい。そう考えて、郁子は夫とともに、山陰地方の田舎へと移住した。

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 ところが、移住生活が楽しかったのははじめのうちだけだった。近隣の住民たちは、自分の価値観を押しつけてくる、お年寄りが介護施設に入ることを「外聞が悪い」と言って妻や嫁に世話を丸投げしている、「ついでのときだけ」と図々しく相乗りを要求してくる……あきれるほどに封建的、男尊女卑の染みついた土地柄だ。東京に帰りたくても、値下がりしそうだったマンションは売ってしまった。時代遅れの年寄り連中とは接点を持たなければいい、そう諦めていたところ、ひょんなことから市議会の会場に迷い込んでしまう。

 そこで郁子が見たのは、まるで学級崩壊クラスのようにヤジが飛ぶ議場と、その矛先になっている若手女性議員・梨々花の姿だ。「ズボンやのうて、スカート穿いてきてほしいわあ」。聞くに堪えないヤジに愛想笑いで応える梨々花に、郁子のフラストレーションは頂点に達した。郁子は、帰り際の梨々花を呼び止めて激昂する。「あなたね、あんなこと言われてどうして黙ってたの? 言い返しなさいよっ」。その様子を見ていたのが、80代の女性議員・ミサオだ。年齢を理由に今期で議員を引退するというミサオは、郁子が抱えた地域への不満を見抜いており、思い詰めたような顔で言う。「郁子さん、救世主になってくれんか?」。ミサオの強烈な後押しに、娘の教育費や義父の世話に頭を悩ませる30代の地元っ子・由香が加わって、郁子はなぜか、市議会議員に立候補することになるのだが……?

 思えば、祖父に「女子に教育は必要ない」と言われた私は、そこまでショックを受けなかった。幼いころから封建的で、男尊女卑に染まりきった環境で育ったために、それが「いつも言われていること」になっていたのだ。本書は、まさにそんな田舎のムラ社会をなんとかしようと、80代のミサオ、60代の郁子、30代の由香という三世代の女性が奮闘する物語である。この物語は小説で、もちろんフィクションではあるけれども、読了後、『あきらめません!』というタイトルが目に入ると、少しでも前を向く心があれば、故郷でも違う風景が見えたかもしれないとも思う。爽快な読後感と『あきらめません!』というタイトルは、地域社会に住む人だけでなく、ままならない環境にいるすべての人に、勇気を与えてくれるはずだ。

文=三田ゆき

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