映えないインドのナンから、貧困地域の子どもたちとの心の交流まで――日本の女子高生が見たインドの今

文芸・カルチャー

公開日:2022/6/15

JK、インドで常識ぶっ壊される
JK、インドで常識ぶっ壊される』(熊谷はるか/河出書房新社)

 高校進学を控えたタイミングで、親の転勤でインドへ移住。SNSを使いこなし友達と渋谷でタピオカを飲み、迷ったら「とりまググる」が当たり前のZ世代の女子高生が、インドで過ごした日々を綴ったのが『JK、インドで常識ぶっ壊される』(熊谷はるか/河出書房新社)だ。

 学生から本にしたい企画を募るコンペ「第16回出版甲子園」で、グランプリを受賞。その企画に基づき執筆、出版されたのが本書だ。著者の熊谷はるか氏は、父親の転勤で、日本でおくるはずだったキラキラJKライフに別れを告げ、猛烈なネット検索の末に得た「いろいろとやばいらしい国」というイメージを持ったままインドに降り立つ。車も人も動物もルール度外視で先へと急ぐ路上、独特の音や匂いや熱気が立ち込めるカオスなマーケット、「ターバンおじさん、実はレアキャラ」の事実、インドの全然映えないナンなど、大小さまざまなカルチャーショックに直面。しかし、現地のインターナショナルスクールに通い、日本との習慣の違いや、家族で雇うメイドや運転手の存在に戸惑いながらも、徐々にインドでの生活を楽しむようになっていく。

 雑多すぎるマーケットでの大冒険や、大家の家に招かれて過ごした5時間の忍耐試合、陸上クロスカントリーのクラブで走った獣が渦巻く街中の樹林=リッジなど、全エピソードの情景と心理の描写が詳細かつエモーショナルで、臨場感に満ちている。そして、抒情的かつ骨太な日本語と、「むり」「やば!」「良き」などの10代らしい表現がバランスよく混じった文体が、リズミカルで心地よい。ネット上での見え方を意識するのが当たり前の世代だからか、混乱する自分を客観的にツッコむような言い回しも絶妙。カラッとした明るさが通底していて、ところどころで笑える。

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 著者は、驚きの出来事をポジティブに受け止めながらインドの沼にはまっていく。その一方で、友人の何気ない言葉や、車の窓を叩くストリートチルドレンの存在など、大人が目を背けるような出来事のひとつひとつに、違和感や痛みを抱く。自分の肌の色は居心地が悪いと言った友人の言葉や、宗教上の理由で髪の毛を切ったことのない友人とのやりとりからも、著者は深く考える。普通の10代なら放置してしまうかもしれない違和感の正体を突き詰めようと試み、格差や多様性などの問題への自分なりの思いを、真摯に言語化していて見事だ。

 JKを推す装丁やタイトルはポップで、インド移住当初の衝撃エピソードが畳みかけられる本文の冒頭はキャッチー。その時点で、JK目線ならではのおもしろインド滞在記なのかと思いきや(それでも読み応え十分だが)、それで終わらないのが本書の魅力。ストリートチルドレン支援活動を行うNPOへの訪問や、貧困地域の子どもたちとの交流が描かれる後半からは、著者のインドに対する思い、そして自身の人生や世界への考察は重層化していく。10代の女子高生が、自分が動ける範囲で行動し、経験したことや得た感情は切実で、他人事に思われがちな世界の問題と、日本の読者をぐっと引き寄せる。

 インドで過ごした高校生活を経て、著者は一定の答えを出す。しかし感染症の蔓延に見舞われ、その後、日本へ本帰国することになる。読者の興奮と興味が最高潮に達した状態で、この未曽有のインド滞在記は突如、終わりを迎えた印象だ。だからこそ、インドの今後、そしてこの春高校を卒業したという著者がこれから何を感じ伝えてくれるのかという、続報が気になる。熊谷はるか氏の今後にも注目したい。

文=川辺美希

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