【第23回】電子時代に出版社を飛び出して設立された、作家のエージェント会社「コルク」。その未来とは?

更新日:2013/8/14

「報酬は原則として作家側から」というビジネスモデル

まつもと :しかし、当然そこで対価を得なければビジネスとして継続できませんよね。

佐渡島 :私たちのフィー(報酬)は基本的に作家側からいただくことになります。これまでフリーの編集者やPR会社は出版社からお金をいただいていた訳ですが、僕らは作家の価値を高めることを目的としていますから、作家側からお金をいただきます。

もちろん、今までお金を支払うということのなかった作家さんからお金をいただくことは商習慣を変えることですから、作家さんの側にも戸惑いがあると思います。従って初期段階では出版社さんと作家さん両方からお金をいただくモデルも採用するつもりです。でも将来的にはすべて作家さん側に集約していきます。

advertisement

まつもと :それは大きな変化ですね。その内容やタイミングは?

三枝 :印税や原稿料の何%かをエージェントフィーとしていただくことになります。

まつもと :なるほど、最初に(売上が立つ前に)という訳ではないのですね。

佐渡島 :先払いだと厳しいですよ(笑)。つまり、完全に成功報酬制なんですね。しかしながら、そもそも会社経営という観点からすると、成功報酬型というのは厳しい話でもあります。

かべ :うーん、確かに。

佐渡島 :月々一定の収入が入ってこないのに、社員のお給料などの形で固定費は出て行く訳ですからね(笑)。でも、作家は原則、成功報酬の世界で生きているのですから、私たちも覚悟を決めないと。最初は辛いですが、作家や作品の人気を高めることによって、一定ボリュームで長い期間売上があがるようになっていけば大丈夫だろうと。でも、おそらく4~5年は厳しい時期が続くと思っています。

まつもと :なるほど、そういう面も踏まえて、冒頭うかがったように4~5年なんですね。

三枝 :国内の紙媒体だけだとこのモデルは厳しい。やはり海外、電子も含めた展開ができてこそ、エージェントフィーも徐々に積み上がっていくはずです。

例えば、私は『群像』にいた時、阿部和重さんの担当をしていましたが、作品の人気が高まろうが、給料には直接の影響はありませんでした。また、「一緒にがんばりましょう」と応援をすることはできますが、人事異動でいずれ担当からはずれてしまうことは避けられなかったのです。そういった存在にどれだけ作家が信頼を置くことができるのか?

今、私たちが収入を上げようと思ったら、作家の売上を上げるしかない。まさに一蓮托生で必死にならざるを得ない。だから作家も私たちを信頼してくれるのかもしれません。もちろん、目先のお金だけを考えるのではなく、将来にわたって作家が書きたいものを書いていくために今何をしなければ行けないかという観点もとても重要です。そういうことも考え合わせて、作家を支えていきたいと考えています。普通は出版社の編集者ではそこまでのことはできません。

 

将来的には新人発掘・育成も担っていきたい

まつもと :今、お名前が上がっているような作家さん以外も今後増えていくのでしょうか?

佐渡島 :私たちとしては、いかに新人を発掘し育てていくことができるかということも腕の見せどころと思っています。「新人カモーン!」という感じです(笑)。

この新人発掘・育成も出版社には難しくなってきていると私たちは考えているんですよね。例えばマンガ部門の黒字が赤字の部門――文芸や雑誌に回されてしまったりしています。その結果、新人への再投資が行われなくなってきています。そのため、(部数がある程度見込める)人気ブログの著者に執筆依頼が殺到して本を出すということが当たり前になってきています。

それは新人を育成しているのではなく、ネットで当たっている人を早めに押さえにいくという風に変わりつつあって、「新人育成が自分たちの強みだ」という理想はありながらも、実態は投資していないわけです。

さらに、要因は赤字だけではなくて、出版社と新人がマッチングしなくなってきていると感じています。例えば、テレビドラマなどで脚本家になりたいと思っている人が、どこに応募すれば良いか?――なかなか思いつかないですよね?

かべ :テレビ局などが時々脚本募集などをやっていますが……。

佐渡島 :そこに出せば、自分にピッタリな担当者が付いてくれるのか、サポートしてくるのかはちょっとよくわからない。週刊マンガ誌など明確なカラーがあれば、応募して編集者に認められて連載して、というイメージを持つことができます。しかし、雑誌がどんどん弱くなっている今、雑誌のカラーもぼやけてしまっている。

かべ :むむ、確かに……。

佐渡島 :私たちはその点、明確なんです。小説家であれば阿部和重、伊坂幸太郎、山崎ナオコーラに続きたいという新人は、私たちのところにいらした方がいいですよね。私たちは普段から伊坂さんたちの原稿を見ているし、彼がどういう風に作品を創り、直していくかというプロセスを知っているわけです。小山宙哉さんは、私と一緒にゼロからやってきましたし。

私が『モーニング』の編集部にいた時も、新人賞に有象無象の作品が応募されてくるわけですよ。売れるかもしれないけれど、僕の食指はピクリとも動かないものもあるわけです(笑)。そういう中で、新人が「可能性はあるけれど」といった相対評価によって、「まあ食っていけるかなという感じで生き残っても意味がないんです。作家と編集者の関係って絶対評価だけなんです。「こいつは絶対オレがやりたい! 超いいんだ!と。そういう意味でも、エージェント業というのは新人発掘や育成に向いている仕組みだと私は思っています。

音楽業界でも、大手レーベルが所属アーティストを、「彼・彼女を育ててCDを出して欲しい」と事務所に連れて行くこともありますよね。それと同じで、我々の理想型としては、いくつかの出版社の編集者らが「この新人はウチからデビュー」という条件のもとに育成を依頼してくれるとか、そういう協力体制が築けるんじゃないかと考えています。

三枝 :育成にも2つの方向性があると思っています。1つは僕たちは編集者でもあるので、職人編集者として自分がいいと思った新人は誰よりもよく育てられるということ。そしてもう1つは、新人自らがエージェントに作品を持ってきてくれることで、良い編集者――例えば『マガジン』のこの編集者に預けよう、という具合にマッチングできるということですね。いきなり編集部に持ち込むよりも、相性のよい組み合わせが生まれる可能性は高まります。

作品の売上げが伸びたり、作家が育ったね、というケースが積み重なれば、だんだんとそうなっていくかなと思います。私たちが目指すのは欧米型の出版エージェントとは異なりますが、同様の背景があって向こうでは多くの作家・作品にエージェントがついているわけですから。

 

作品づくりとビジネスの両面で作家を支えていく

まつもと :欧米のエージェントとの相違点はどこにありますか?

三枝 :欧米のエージェントにもいろいろな形態があり、経理のところだけやっているというケースもあります。一方で作品づくりを二人三脚でやっている人もいます。巨大なエージェント会社に属している人もいれば、個人でやっている人もいる。私たちは作品づくりもできて、ビジネスもできるという存在を目指しています。

佐渡島 :エージェントというと基本的には契約する瞬間に利益をどう最大化するかというその一点のために働く人が多いんですけれど、僕たちはそこに加えて、つくるところから関わり、それ以上にその後のプロモーションで作品の力を最大化しようとします。この3つのタイミングで注力するエージェントは珍しいはずです。欧米の編集者に比べ、日本の漫画編集者というのは作品のビジネス展開に相当口出しをするという特異な存在なんですよね。その特色をさらに活かすべく、出版社や作品の枠に捉われない動きをしていきたいと考えています。

出版界はもう待ったなしの危機的状況だと認識しています。そんな状況下でみんなが沈んでしまうというのは何とかしたい。そのためには、小さい船で「ばーっ」と漕いでいって「ここが島だぞ-!」って呼びかけて(笑)、それで生き残っていくしかないんじゃないかなと。

まつもと :そういった思いは会社名(コルク)にも表れているのでしょうか?

佐渡島 :ワインを世界中に運び、時間を超えて飲めるようにするために、コルクは欠かせません。作品を世界に届け、後世にも読めるようにするために、欠かせない会社になりたいという思いを込めて、社名を決めました。作家さんともいろいろ考え、アイデアを出し合った結果、「コルク」に落ち着きました。ロゴの絵は安野モヨコさんが描いてくれて。

賛同してくれている作家さんたちが「自分たちの会社だ」と思ってくれていることが、そんなところにも現れていて、それがうれしかったですね。

三枝 :会社設立にあたっても、佐渡島がリードしてくれてここまで来たんですが、作家の方々と作った会社という思いが強いですね。作家からの「こういう人たちがいて欲しい」という思いを受けて作った会社だと思っています。

まつもと :作家さんからは具体的にどんな反応がありましたか?

佐渡島 :安野モヨコが来年復活しようとしていて、その時にまず『働きマン』の続きを描く気持ちにはどうしてもなれないから、違う雑誌に掲載したいという希望があったんですね。『モーニング』だとどうしても読者は『働きマン』を期待してしまいますから。「でも、編集担当はあなたがいい」って言ってくれたんですね。でも、私は「どうしたらいいんだろう」ってなったんですね。

安野さんにとって『モーニング』以外で社内のベストな場所はあるかな? でも、モーニング編集部にいながら社内のみんなに納得してもらうための調整を誰にどういう順番でやったらいいの?? って。

まつもと :それが直接のきっかけだったのでしょうか?

佐渡島 :いろんな要素がありましたね。『宇宙兄弟』のアニメや映画などの展開が一段落して、ものすごく忙しかったところから急にヒマな日が2日くらいできると、もう「なんか仕事したい」と耐えられなくなったり(笑)。

私自身もう編集担当になって10年になっていましたから、いつ外れてもおかしくなくて。でも私がいなくなると『宇宙兄弟』って大丈夫なんだろうか? あるいは新連載を考えるにしても私がやった方がいいなと。それってエゴかもしれないけれど、小山さんを担当し続けるためにはもう独立するしかない。もし編集長になったりしちゃったら、1人の作家をひいきにすることもできなくなってしまう。ちょうど岐路だったんだと思います。

かべ :三枝さんはいかがでしょうか?

三枝 :『群像』にいる時に、伊坂幸太郎さんの海外版権がバラバラに管理されていると海外で効果的なプロモーションができないので窓口を一元化しましょうとお願いをしました。欧米の版権を一元化するということについては講談社内や国内の各出版社の協力もいただいて、順調に進んでいたのです。でも、とても時間がかかってしまいました。しかも、自分が異動した後にこのプロジェクトがどうなるのかという不安もありました。

そんな折、伊坂さんに「佐渡島と一緒に辞めて独立しようと思うんです」と話したんです。きっと止めてくれるんじゃないかという期待もありました(笑)。伊坂さんは慎重な優しい人だから「生活も心配だし安定した環境でやれることもあるよ」と言ってくれるかなあと思っていたらまったく逆で、「それは三枝さん、辞めてチャレンジした方がいい」って(笑)。そのほうがさらに協力できることもあるからって言っていただけたんです。

まつもと :最後に少々失礼な質問になってしまうかもしれませんが、ご出身である講談社さんとの関係はいかがでしょうか? そこから出たことに対して後悔はありませんか? 講談社の野間社長はどのような反応だったのでしょうか?

佐渡島 :野間さんはもちろん快諾してくれましたし、実際に出資までしていただけました。お話ししてきたように、私たちの会社って出版社がうまく使えば相当良い効果が生まれるはずなんです。出版業界の人に話をしても、まだそこを理解していただけないこともあるんですけれど、野間さんは直感的に「これはあった方がいいな」と思って応援してくれたんですね。出版業界で正しく未来を見据えている人は、正しく――と言い切ってしまうとちょっと傲慢かもしれないけれど――僕らと同じ認識をしてくれているんだな、って思いましたね。

かべ :なるほど! 今日は貴重なお話をありがとうございました。

 


 

かべ :うーん、勉強になりました。まつもとさんはいかがでしたか?

まつもと :そうですね。この連載でも出版社やそこでの編集者の役割が変わってくるはずという話がよく出てきましたが、いよいよ、大手出版社出身の方からもこういう具体的な動きが出てきたこと、そして、大物作家がそれを支持していることは、かなり大きな意味が込められていると思います。

かべ :わたしも編集者としてさらに精進していきます!

 

まつもとあつしのそれゆけ!電子書籍では、電子書籍にまつわる質問を募集しています。ふだん感じている疑問、どうしても知りたい質問がある方は、ダ・ヴィンチ電子ナビ編集部までメールください。
■ダ・ヴィンチ電子ナビ編集部:d-davinci@mediafactory.co.jp

イラスト=みずたまりこ

「まつもとあつしの電子書籍最前線」 バックナンバー
■第1回「ダイヤモンド社の電子書籍作り」(前編)(後編)
■第2回「赤松健が考える電子コミックの未来」(前編)(後編)
■第3回「村上龍が描く電子書籍の未来とは?」(前編)(後編)
■第4回「電子本棚『ブクログ』と電子出版『パブー』からみる新しい読書の形」(前編)(後編)
■第5回「電子出版をゲリラ戦で勝ち抜くアドベンチャー社」(前編)(後編)
■第6回「電子書籍は読書の未来を変える?」(前編)(後編)
■第7回「ソニー”Reader”が本好きに支持される理由」(前編)(後編)

■第8回「ミリオンセラー『スティーブ・ジョブズ』 はこうして生まれた」


■第9回「2011年、電子書籍は進化したのか」