女の子のいのち/前島亜美「まごころコトバ」㉜

アニメ

公開日:2022/7/8

前島亜美「まごころコトバ」

髪色や髪型が、人に与える印象はとても大きなものだと感じる。
「黒髪の方がイメージがいい」、「覚えてもらうために常に同じ髪型にしよう」
グループ活動をしていた時はメンバー全員のバランスを見て、担当の髪色や髪型が決まっていた。

簡単にできなかったからこそ“イメチェン”というものに長年強い憧れがあった。

初めて髪を染めた時、世界が変わったようだった。ピンクブラウン。はたから見ればそんなに大きな変化ではなかったかもしれないけれど、私にとっては大事件で、鏡を横切るたびに視界に入る茶色い髪にドキッとして、自分を別人のように感じたし、部屋に落ちた茶色い髪の毛にもなかなか慣れず、“変わった私”にとまどいながらも、大きな高揚感に包まれていた。

美容室は、大切なリフレッシュの場だ。大事な仕事の前に行く「メンテナンス」としての意識も強いが、なりたい自分を伝えて、シャンプーで一度全てをリセットしてもらって、トリートメントで栄養を与え、新しい髪へと綺麗にしてもらう。

伸びた前髪が切られ床に落ちるのを見ると、自分が溜めていたものも一緒に落ちていくようで、カットが終わる頃には顔色まで良くなっているような気がする。
髪を綺麗にすることには、不思議な“心地良さ”がある。

この漠然とした感覚。思えば、これを感じる瞬間は、ほかにもある。
ヘアメイクをしてもらっている時間だ。

ヘアメイクは大体いつもー時間ほど。仕事の前に、プロのヘアメイクさんにすっぴんの状態からピカピカの綺麗な姿に仕上げてもらう。

小さい頃は、メイク中によく眠ってしまっていた。
始発終電のスケジュールの中、眠たさに勝てず、顔を触られるメイク中は睡魔に耐えられても、ヘアアレンジに入るとどうしても眠たくなってしまい「あみた〜起きてね」と言われることがよくあった。

「髪を触られてると、眠くなっちゃうよね」

メイクさんの言葉を思い出し、確かに、と思う。

髪を巻いてもらっている時 、ブラシでとかしてもらっているとき、無意識に眠たくなってしまうくらいのなんともいえない安心感があると気づいた。

なぜだろう。いつからだろう。
ぼんやり考えていると、ふと答えに出合った。

「あぁそういえば、小さい頃よく父親に髪を撫でられていた。」

おぼろげな記憶。あいまいな思い出。
髪を触るのが好きだった父だと思う。

寝室に敷いたふとんに横になり、となりに寝る父に髪を触ってもらえるのが嬉しくて、父が撫でやすいようにと、背中を向けて、いつも髪を後ろに流していた。触れてもらっている時間は、とても安心していた気がする。
大切なもののように扱ってもらっている感覚があった。希望に応えられているという満足感もあった。
手のひらから感じる温度がとても優しいものに感じて、自分の髪がきれいで大切なものなんだと思えた。

寝付きの悪い時や、本を読んでもらう時なども、髪を撫でてもらっていたと思う。
父との思い出は多くなく、おぼろげでもあるが、父が好きだったバイクの後ろに乗って、風を切りながら、大きい背中に一生懸命に捕まっていたことと、髪をなでてもらうことは小さな自分にとって、とても特別なことだったと思う。

だから、今も、こんなに安心するんだ。

“髪”というものに心が動く大切な引き出しがあったと、思い出した。
記憶を認識していなくても、幼い頃からずっと引き継いできた感性があって、忘れず持ち続けてきた感覚があって、それが記憶を呼び起こしてくれた。

父のくれた温度そのものはもう思い出せないけれど、それが小さなわたしの大きな喜びだったことは覚えている。

「メイクも服も大切だけど、女性は髪だよ」
凛とした美しさをもつ先輩が教えてくれた言葉。

髪を丁寧に扱うことは、小さい頃のわたしが喜んでくれることのーつかもしれない。

女の子のいのちを、大切に。
栄養に溢れた髪の綺麗な女性になりたい。

第33回に続く

まえしま・あみ
1997年11月22日生まれ、埼玉県出身。2010年にアイドルグループのメンバーとしてデビュー。2017年にグループを卒業し、舞台やバラエティ番組などで活躍。またアプリゲーム『バンドリ! ガールズバンドパーティ!』(2017年)でメインキャストの声を演じ、以後声優としても活動中。

Twitter:@_maeshima_ami
オフィシャルファンクラブ:https://maeshima-ami.jp/

あわせて読みたい