祖父の影響でミステリマニアとなった楓。古本で購入したミステリ評論集をめくると…/名探偵のままでいて③

文芸・カルチャー

公開日:2023/2/1

第21回『このミステリーがすごい!』の大賞に輝き、早くもベストセラーに! 2023年話題のミステリ小説『名探偵のままでいて』をご紹介します。著者は人気ラジオ番組の構成作家としても活躍中の小西マサテル氏。かつて小学校の校長だった祖父は、レビー小体型認知症を患い、他人には見えないものが見える「幻視」の症状に悩まされていた。孫娘の楓(かえで)はそんな祖父の家を訪れ、ミステリをこよなく愛する祖父に、身の周りで起きた不可解な出来事を話して聞かせるように。忽然と消えた教師、幽霊騒動、密室殺人…謎を前にした祖父は、生き生きと知性を取り戻し、その物語を解き明かしていく――。古典ミステリ作品へのオマージュに満ちた、穏やかで優しいミステリ小説『名探偵のままでいて』より、第1章を全7回でお届けします。今回は第3回です。楓が自宅に戻ると、注文していた古本のミステリ評論集が届いていてーー。

名探偵のままでいて
『名探偵のままでいて』
(小西マサテル/宝島社)

 弘明寺の駅からバスに揺られること十五分。

 ワンルーム・マンションの自室に帰ると、本が届いていた。

 こよなくミステリを愛した文芸評論家、瀬戸川猛資(せとがわたけし)氏の評論集だ。

 奥付を見ると、「一九九八年四月一日 初版第一刷発行」とある。

 楓の記憶に間違いがなければ、ほどなく瀬戸川氏は五十歳の若さで夭折したはずだ。

 つまりこの本は、とりもなおさず瀬戸川氏の遺作ということになる。

 幼い頃から祖父の薫陶を受け、すっかりミステリマニアとなっていた楓は、もはや小説だけでは飽き足らなくなり、祖父の書棚にあった瀬戸川氏の評論集まで読むようになった。

 すると――驚くというよりも呆れてしまった。

 氏はさまざまな作品を俎上に載せ、独自の視点から天衣無縫にその魅力を語っているのだが、そのコラムはときとして――いや、ほとんど例外なく、本編よりも面白いのだ。

 たとえば『名作巡礼』という連作コラムでは、本格ミステリ御三家、エラリー・クイーン、アガサ・クリスティ、ディクスン・カーらの代表作を槍玉に挙げ「そんなに傑作ですか?」などと徹底的にこきおろしており、それらは本編以上に論理的でスリリングであり、非の打ちどころのない正論でもあるのだが――瀬戸川氏本人は知ってか知らずか、彼らへの溢れんばかりの愛情が行間に滲み出てしまっていて、読むたびにほっこり、、、、させられてしまう。

 楓を海外のクラシカルなミステリ好きにさせた〝神〟――

(せとがわ、たけし)

 そっと心の中でつぶやくだけで、楓の胸は躍った。

 一九七〇年前後――若き日の瀬戸川氏は、幾多のミステリ作家や評論家を輩出した伝説の大学サークル、「ワセダミステリクラブ」の中心人物だったという。

 かつて西早稲田には「モンシェリ」という喫茶店があり、そこでは連日のように「ワセダミステリクラブ」の学生たちが口角泡を飛ばしつつミステリ談義を繰り広げていて、その輪の中心にはいつも眉毛が太く目鼻立ちのくっきりとした瀬戸川氏の笑顔があったらしい。

 そして祖父もまた、「ワセダ――」の主要メンバーのひとりだったのだそうだ。

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