【第1回】「電子書籍って読みたい本がなかなか見つからないのはどうして?」 ――インプレスグループの全方位戦略

更新日:2013/8/14

スピードを上げるためのQuickBooks

河野: グループ内でさまざまな取り組みを行っていることは先ほど申し上げたとおりなのですが、やはりスピードを上げていきたい――つまり、ユーザーが求める旬のテーマに即した本をタイミングよく届けたいと考えて、「impress QuickBooks®」が生まれました。

 これまでお話ししてきたように、紙の本を電子化するにはさまざまな手間と時間がかかります。そうやって苦労して電子書店に並べてみても、コストに見合った売上があるかというと、残念ながらそこまで市場は大きくありません。どのような作品が電子書籍で売れるのかも正直まだ分かっていないなかでそれを探っていかなければならないわけですが、必ずしも紙の本と同じものが望まれる訳ではないということがわかってきました。

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 元となる紙の本自体も、企画の選定から執筆、編集を経て商品になるまで時間がかかっていました。「impress QuickBooks®」では一定の品質を維持しつつ、そのプロセスを大幅に短縮することを目指しています。

――通常は比較的コンパクトな新書でも、隔月ごとに2~4冊前後といったケースが多いですね。

河野: そうですね。「impress QuickBooks®」では、2月は15タイトル、3月は30タイトルの刊行を予定しています。また現在、100以上の企画が走っている状態です。今年中の目標は300タイトルです。

――すごく多いですね!

河野: 印刷コストといった製造原価が下がる分、企画の可能性を広げてさまざまな分野に挑戦しています。というのは、紙の本ではなかなか企画が通りにくい「尖った」企画で冒険することもできますので、そういった企画を持っている著者さんからも賛同いただいています。ビジネス本や実用書、美容・健康といった引きがありそうなジャンルはしっかり押さえつつ、常に販売状況を確認、分析して、すぐに次の作品に活かしていきたいと考えています。

 また、ボリュームも新書では通常12万文字くらいのところを、2万~3万字程度に抑えていく予定です。スマホなどで気軽に読むならば、このくらいの文字数が適切ではないか、という仮説を持っているからです。このあたりは協力編集プロダクションさんもまだ戸惑いのあるところではあるのですが。

――なるほど。1つあたりのボリュームをコンパクトにして、その分タイトル数を増やすということですね。

河野: その通りです。従来ですと紙の本の体裁を整えるため、端的に説明できることを、あえて膨らませて構成しがちだったのですが、そこも変えていく必要があります。つまり、内容の濃さは極力維持しながらもコンパクトにしていく執筆・編集手法が重要だと考えています。ということで、書き手の方々にも電子ならではの新しい出版手法に慣れていただく必要がありますが、結構面白がっていただている方々も多いです。

――KDP(Kindle Direct Publishing=アマゾンが提供する電子書籍セルフパブリシング)との違いは、進行や品質を管理する編集者が存在するということになりますか?

河野: そうですね。あとはインプレスという出版社が太鼓判を押して世に出すという信頼性、出版社としてリリースやキャンペーンなどのプロモーションを積極的に行うという部分が違いとして大きいですね。販路もインプレスグループの他の作品と同様にKindle Storeだけでなく、koboや紀伊國屋、BookLive!など20以上の電子書店に同時展開することが可能であり、これをセルフパブリッシングでやることは難しいと思います。

北川: 従来の出版社とセルフパブリシングのちょうど中間的な出版社が必要とされており、その新しいマーケットを作っていかねばならない、という想いが前提にあります。米国においても同様の流れが発生していて、すでにATAVISTやBYLINERなど本格的なデジタルファースト出版社が活躍し始めています。もう一つは、セルフパブリッシングが普及している海外でよく言われることですが、出版社・編集者は良くも悪くも「ゲートキーパー」だということですね。出版社は品質を担保する役割を担っていると同時に、そこからこぼれ落ちる作品や著者の中に読者ニーズが高いものがあるということも知っておくべきです。というわけで、「impress QuickBooks®」を通じて、私たちは編集者視点のゲートキーパーではなく、読者視点のクオリティーキーパーとなりたいと思っています。

 つまり私たちは目利きであると同時に、それを過信してはいけないということですね。「impress QuickBooks®」であれば、まず出してみてから読者の反応に応じてその分野をさらに広げていくこともできるわけです。そこはまさにプロデュース能力という腕の見せどころでもあります。電子書籍は「一定期間書店で平積み展示される」という紙の本のアドバンテージがない訳ですから。

――価格もまさに中間という感じなのでしょうか。セルフ出版で多い100円~というところと、紙の本の1000円前後。

河野: 希望小売価格500円を基本に、いろいろ試していきたいと考えています。

北川: 極論すれば、価格設定はいくらでもよいと考えています。たくさんの読者に読んでいただけて、同時にトータル売上が最大となるポイントが適正価格だと考えています。まずは希望小売価格を500円に設定してみましたが、最近流行の半額キャンペーン時に250円となるので、ちょうど良いディスカウントプライスだと感じています。いずれにしろ価格は固定的なものと考えず、必要に応じてどんどん変化させていきたいと思っています。

――料率(著者への還元率)は?

河野: 非公表ではありますが、KDP(実売価格の35%)に比べれば若干低いかも知れません。ただ、これまでお話ししてきたような変換の手間、表紙など素材の手配、レーベルとしてのブランド力などを総合的にとらえていただければ、著者の方にも魅力を感じていただけると思っています。十分に魅力的だと思っています。

北川: 米国では、「電子版は出版社の売上の20~25%」というのが標準になりつつありますので、その値は参考にしています。海外ではエージェントへのレベニューシェアもここに含まれています。

――小売価格に対する料率ではないのですね。

北川: そうですね。キャンペーンなどによって価格の変動があり、また読み放題で販売する可能性なども考えると、電子書籍ではそうしていかないと対応できなくなると予想しています。

――なるほど、今後、定額制やセット販売なども増えてくることを見据えてということなんですね。

河野: 近い将来には海外市場に向けて翻訳、販売ということもやっていきたいですし、またおそらく今後、電子書店によって好まれる作品の違いも際立ってくるはずです。電子書店や読者から「こんな作品を出して欲しい」といった要望をいただき、素早く売り出していく、といったこともやっていきたいですね。人気ブログの再編集、電子書籍ならではの注目される表紙の確立など、やりたいことをあげるときりがありません。

【図】これからの出版市場

北川: このグラフのように、今後も残念ながら紙の出版市場はまだ下降傾向が続くと予想しています。そして、紙の本の電子版がそれを補うだけのボリュームにはなかなかならないとも。そこで「impress QuickBooks®」のようなデジタルファーストの書籍市場が盛り上がってくると、出版業界全体の再興が実現するのではないか――あくまで理想ですが――という希望があります。

 ですから、私はこの分野にどんどん競合他社が参入してきて欲しいと願っています。それは従来の出版社に限らず、WEBメディアやITベンチャーなど異業種からの参入もおおいにウェルカムです。従来の環境を飛び出して、新しい土俵を一緒に作っていく方々は、競合であったとしても私たちにとって同志でもあるのです。逆に言えば既存の紙の本の方法論に絶対的な信念をお持ちの方々は新しいデジタル出版には向いていないと思います。だから、紙の優秀な編集者だけを集めてもダメで、電子書籍ならではの制作方法に適応できる柔軟な発想をもった編集者が必要なのですが、これは既存の編集者から見れば異端児なんだと思います(笑)。

 ちなみに、米国では書籍編集者ではなく雑誌編集者がデジタルファースト出版に飛び込んでいるケースが多く、これは興味深い事実だと思っています。

河野: 僕は社内から変態扱いされていますから(笑)。

――(笑)なるほど、よく分かりました。今後の展開に期待しています。

 

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