【第3回】「セルフパブリッシング」って儲かるの?――『限界集落(ギリギリ)温泉』の著者・鈴木みそさんに聞いてみた!

更新日:2014/3/6

1巻→2巻の継続率の落ち込みも徐々に回復へ

――それこそまさに初期のパソコンゲームを郵便為替で売っていたころ、毎日配達に来る郵便局員さんがお金に見えた、という逸話に通じるものがありますね(笑)。ところで、紙の本と電子書籍で、巻を重ねることによる部数の減少に違いはありますか?

みそ: すごくありますね。『限界集落(ギリギリ)温泉』の紙の本は、刷り部数で1巻が3万部、2巻が1万5千部、最終巻の4巻が1万部前後でした。実は、減り方としては似ている部分もあるんです。Kindle版だと1巻が100円なのに対して2巻以降が400円ですから、最初のころ(ランキングで1位を続けていたころ)は、2巻目の継続率が17%とスコーンと落ちていたんですが、3巻目からは80%くらいをキープするんです。

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――80%ですか! それは高い。

みそ: 1巻の売れ行きが増えればその分好みに合わない読者も増えますから、自然と購入率は下がっていくのかな、と思っていたのですが、むしろ逆。翌週には1巻→2巻の継続率が25%、翌週には30%とどんどん上がって行ったのも驚きでした。100円の1巻を読み終えて、しばらく経ったところで2巻を買うという人もいるのかな、とも思いますが、評判を聞いて最初からまとめて大人買いしてくれる人も多いようですね。最終的には1巻→2巻の継続率が50%、3巻以降も90%を超えたりしました。

――驚異的だと思います。

みそ: さらに、出版社が販売している私の他の作品と比較すると、いろいろ見えてくることもありますね。他の作品だと、こんなに継続率が高くないんです。それには価格設定も影響しているだろうし、巻末の終わり方も大事なのかなと。普通マンガって、単行本の終わりは1つのお話としてオチが付く形に収めることも多いのですが、『限界集落(ギリギリ)温泉』は続きが気になる形にしました。週刊誌のそれに近いかもしれません。

――電子書籍ならではという側面もありそうですね。TVのCM入りの時みたいに(笑)。また、『限界集落(ギリギリ)温泉』のストーリー自体が、今の電子書籍の世界の「とにかくなんでもやってみよう」という感覚に通じるものがあったからかもしれません。

みそ: そうなんです。TVはCM開けても何もなかったりしますけどね(笑)。1、2ヶ月待たなければならない単行本と違って、続きがすぐそこに並んでいれば、クリック1つで買えるわけですから、そういう終わらせ方も効果的なんだろうなと。また偶然とはいえ、今、電子書籍を率先して読もうという読者の方(アーリーアダプター)が好む内容になっていたのかもしれません。実際、『コミックビーム』で連載していた時にはそれほど受けなかったんですけど、僕自身もギリギリのところにある中で、電子書籍にチャレンジしている様子をブログに綴ったりしていましたし、ライブ感があったのかも(笑)。

 あと、ブログの方にもまとめたのですが、僕のTwitterのフォロワーが現在約2万人、『限界集落(ギリギリ)温泉』をKDPでリリースした頃は1万6千人くらいだったと思います。私の場合、単行本を出すと初版3万部前後であることが多いのですが、そこから巻を重ねるとだんだん部数が落ちていって最終巻で1万部くらいになります。いままでシリーズ累計最大で12万部、『あんたっちゃぶる』で7万部くらいでした。

 そういう数字から考えると、僕の作品の潜在的な読者は世の中におそらく10万人くらいはいるのかなと。でも、新刊が出ても気がつかない人がいる。そういう人に本屋さんで目にとめてもらうために、初版3万部を刷って配本したりするわけです。でも、それが全部売り切れるわけではないし、2~3ヶ月もすれば、そのほとんどは回収されてしまうんです。

 そこで、Kindleストアで第1巻を100円で販売することによって、ネット上でも話題になり、あたかも本屋さんで手にとってもらうような感覚で“発見”してもらい、じゃあ買ってみようか、となってくれるのではないか、という期待はありました。全巻をそれぞれ240円くらいで出すことも考えたのですが、やはり100円というインパクトは大きかったですね。残りの巻の価格も、わたしの別の作品のKindle版(『銭』で420円)と比べても違和感がなかったのもよかった。

 今も1日平均で300~400冊を買っていただいています。私のブログ経由で買ってくださった方はトータルでも200冊くらい。最初に火が付いたのはブログからだったかもしれないけれど、その後は広くネット上の評判と、それによって上がったKindleストアのランキングによる好循環が続いているのかなと。

電子書籍の出版権は明記せず、都度相談して決める契約に

――思い切った価格設定だったわけですが、相対的に割高な紙の本を扱うことになる出版社としてはどうだったのでしょう? そもそも契約はどうなっていたんでしょうか?

みそ: そもそも『限界集落(ギリギリ)温泉』の契約書を交すとき、電子書籍についての権利は私の方に残しておくよう交渉したんです。最近は出版契約書の後ろの方に「電子書籍の出版権も出版社に帰属する」という文言が加わっていることが多いのですが、それはいやだなと思って。

 Jコミを運営する赤松健さんがブログなどで、出版社が電子書籍の権利を確保することのリスクも指摘されていたので、「じゃあ、いまどちらがその権利を持つかは明記せず、都度相談して決めることにしましょう」というところに落ち着けたんです。

――いわゆる「別途協議」という形ですね。

みそ: はい。でも実はわたしが知らない間にエンターブレインさんの方から『限界集落(ギリギリ)温泉』の電子版が先に販売されてしまったんですね(笑)。それで、「止めてください」と連絡をしまして。

――そんな経緯が。

みそ: そうなんです。契約がそうなっていたにも関わらず、機械的に出てしまったのでしょうね。でも、連絡したらすぐ取り下げてくれました。

次回作はアマゾンや電子書籍もテーマに!

――先日iBookstoreの日本版も公開されましたが、こちらにも展開する予定は?

みそ: 実験的には1つやろうと思っています。facebookで電子書籍について議論するフォーラム(ページ)を運営しているのですが、そこでKindle向けのEPUBをiBooksに対応させる方法を投稿してくれている方がいて、その方法でやってみようかと。Kindleで70%料率で出しているのは独占が前提なので、それ以外の作品で。

 iBooksでの最大の問題は、表現に対するレギュレーションですね。日本の漫画ではゆるいエロ表現は当たり前のようにあるのですが、それが突然リジェクトされるようなことがあるのは困ります。アプリと電子書籍ではレギュレーションがどう違うのか、まずは基準を明らかにして欲しいですね。作品作りの根源に関わる問題ですから。また、はたして編集・出版の経験者が判断しているのか。経験のない担当者が一律で決めてしまうような“場”に、作者として安心して作品を出すことはできません。ぜひ出版社にも、この問題と向き合って欲しいところです。

――そして気になる次回作です。電子書籍もテーマになるとお聞きしました。

みそ: 連載の話も、Kindleで『限界集落(ギリギリ)温泉』がブレークしたことで一気に進みました。IT企業の経営者の方も作品を知ってくれていて、取材もやりやすくなりましたし(笑)。

 エンターブレインさんの『コミックビーム』で6月12日売りの7月号から連載を始める予定です。20年以上のお付き合いということもありますが、電子出版は私、紙の本はエンターブレインさんで、ということでお互いに頑張りましょうと。それぞれ相乗効果があるはずですから。

 テーマも、「みそさんの連載なら、まずはアマゾンとか電子書籍でしょう」と。私の方が逆に気を遣って「掲載誌は紙の媒体なのに、いいんですか?」「ぜんぜんかまいません」、さらには「じゃあ紙はもうダメだって書きますよ」「キャラクターが言うんならOKです」みたいなやりとりをしています(笑)。

 架空のIT企業のビジネスマンと、女子高生がメインの登場人物で、僕が得意とするルポ漫画とノンフィクションを組み合わせた展開を予定しています。電子書籍編では、僕をモデルにした売れない漫画家を、彼らがいろんな仕掛けでプロデュースするという(笑)。取材と実践に基づいていますので、結構勉強にもなるはず、と自負しています。

――それは読みたいです!

みそ: 楽しみにしていてください!

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