WEB官能&BL(09)斉河燈『強引さえもひたすら甘く』

更新日:2013/8/6

官能WEB小説『fleur(フルール)』連載

斉河燈『強引さえもひたすら甘く』

 仕事第一主義の私。恋愛なんて心を乱されるだけ、恋人もいらないと思っていたのに――。あの晩、出逢って数時間後、むさぼるように抱いてきた年下の彼が頭から離れない。貫かれた瞬間ヒクンと疼く内壁も、ずっしりとのしかかる彼の体躯も、ぜんぶカラダが憶えていて――。

 

「ランチセットのAをひとつ。あ、ドリンクはアイスコーヒーで」

 週も半ばの水曜日、混み合うカフェの店内で私はそうオーダーしつつ、頭の半分ではまったく別のことを考えていた。

 ここ最近、オフィスの外に一歩出るとこれだ。

 いっそこの苦悩、根っこから断ち切ってやろうと心理学の本なんて購入してみたのだが、状態を分析するばかりで苦悩は断ち切れなかった。とはいえあの本からはマーケティングに役立ちそうな情報を得たので結果はオーライである。

「ありがとう琴梨(ことり)、本当に助かったわ。昨夜は残業、代わってもらっちゃってごめんね」

 カウンター席の隣でお冷やを傾けつつ、同期の亜矢(あや)が言う。昼時を迎え、オフィスビルの一階にあるヘルシー志向のカフェは女性客で満員御礼だ。

 いつもは休憩室で手製のお弁当を食べている私が、本日珍しくオフィスの外――と言っても同じビル内だけれど――に出たのは彼女に誘われたからだった。

 残業を代わってくれたお礼に奢るから、と。

「そんなに気にしないでよ。遊びに行ったわけじゃないんだし、代わるって申し出たのは私だもの。娘さん、具合はもういいの? 熱は下がった?」

「うん、今日は旦那が看てくれてる。風邪だったみたいだわ。あ、琴梨が同じ立場になった時は、あたしに代わらせてよね」

 頭ひとつ下にある真ん中分けのショートボブから、ふんわりと漂うのは覚えのあるベルガモットだ。先週発売されたばかりの、自社製品のシャンプーの香り。

 先月部署内の皆と使用感を再三確かめた記憶が蘇って、達成感がこみ上げる。

「同じ立場ねえ……。気持ちはありがたいけど、その日は一生訪れないと思うの」

 恋愛ごとから遠ざかって今年で十三年。一人暮らしを始めて十二年。

 そして人生三十年。誰かに歩み寄る経験がなくなって久しい私は、ひとりの人間とじっくり向き合わなければならないその関係性を、自分を乱すもの、ひいては仕事の妨げになるもの、と考えていた。

「またまた。その頑なな独身主義さえ捨てればすぐでしょ。琴梨は広報部一の美人だもの。あとは男顔負けの働き方をやめて、有能ぶりを少し控え目に見せたら可愛げもあるわね」

「無茶言わないでよ。ありのままで生きられないなんてごめんよ」

 頬杖をつくと、ガラス張りの壁面からロビーが真っ直ぐに見渡せた。

 五十四階建てのオフィスビル、飲食店が軒を連ねる一階はランチを求めて行き交う人が途切れない。

 見覚えのあるスーツの中年男性、スマートフォンを弄りながら先を急ぐ女の子、五階に引っ越してきたばかりの新興企業の社員たちは制服もまだ新しく――それらが入り混じった人波は、エレベーターホールからどっと押し寄せてきてアトリウムを前に見事にばらける。

 皆同じ行先に見えても、一歩先はすぐに分かれ道だ。短い経路でさえこの様子なのだから、人生のように長い道程となるとまさに唯一無二、その道は絶対的に自分だけのもので、他に迎合なんてできっこないと私は思う。

 する必要はない、とも。

「そういえば琴梨、午前中、体調でも悪かった?」

「うん?」

「らしくない凡ミスをしてたじゃない。新聞社宛のリリース、雑誌社に送るように指示するとか」

「ああ……」

 そんなこともありました。新聞社と雑誌社は近しいように見えて完全なる別種である、絶対に混同してはいけない、と新人には指導しているくせに私がしくじってどうする。

 ――しかし、らしくない、か。

 短く吐息して、お冷やのグラスについた水滴を指先で拭った。

 私にだって集中力を欠く時くらいあるのだが。

「大丈夫よ、体調は万全だから。ただ、ちょっと」

「ちょっと?」

 言ったらますますらしくないと思われるに違いない。わかってはいたが、言い出さずにはいられなかった。

 周囲に見知った顔がないか確認しつつ、右隣に体を寄せる。

 彼女の好意に甘えてここへやってきたのは、ランチを奢ってもらいたかったからではない。話があるからだ。オフィスの中では決してできない話が。そしてそれこそが、私の頭を悩ませミスを誘発した原因なのだった。

「……ねえ亜矢、年下の男ってどう思う?」

 アドバイスが欲しいわけじゃない。私はただ、打ち明けながら自分を俯瞰して少しでも冷静になりたかった。

「年下? 告白されたとか?」

「そう、かも」

「かも、ってどういうことよ」

「それがわからないから困ってるのよ……」