キャプテンコラム第14回「見上げてごらん、夜の星を」

2011/9/21

ダ・ヴィンチ電子ナビ キャプテン:横里 隆

ぼくたち電子ナビ編集部は、
「子どもゴコロ」を大切にする意味でも学生時代の部活動のようなところがあります。
だから編集長じゃなくてキャプテンなのです。
そしてネットの海を渡る船長という意味も込めて。
みんなの航海の小さな羅針盤になれたらいいなと。
電子書籍のこと、紙の本のこと、ふらふらと風まかせにお話ししていきます。

 もう秋分の日ですね。暦のうえではすっかり秋ですが、まだまだ残暑がつづいています。もう少しすれば本格的な秋になって空気が透き通り、月も星もますます綺麗に見えてくることでしょう。

 ぼくは、たまに人前で“本の魅力”について話をしてほしいと頼まれると、「無数の星々がまたたく夜空と、数多くの本が並ぶ図書館や書店は、どこか似ている」という話をします。
 圧倒的な数の星を見上げたときも、圧倒的な数の本を前にたたずむときも、どちらも、えも言われぬ不思議を感じるのです。

 星空を見上げて不思議な思いに駆られるのは、そこに広がる星々の輝きが異なる場所の異なる時間を同時に見せてくれているからです。何万年も昔の星と、数百年前の星と、ほぼリアルタイムな月や金星が、目の前に混在する不思議を感じます。
 さまざまな場所の、さまざまな時代の星々が、距離と時間を越えて今ここに同時に存るという事実にめまいを起こしそうになります。

 図書館や書店でも、よく似た感慨を覚えることがあります。書棚には古(いにしえ)の時代から今に至るまでの、多くの人々の「知恵」と「思い」が距離と時間を越えて並んでいるからです。
 その前に立ってクラクラしながら、ひとつのことを思うのです。
 なぜ人は文字を発明し、本を生み出したのかと。

 妄想がはじまります。
 文字や本が生み出されたのは、人類が獲得した「知恵」や「思い」を、口伝の言葉だけで伝播できる限界を超え、広めていくためではないだろうかと。
 それは、距離と時間を越えて、遠くの人たちや、次に生まれくる子どもたちの、苦しみや悲しみに応えるためとも言えます。
 『聖書』がもっとも顕著な例です。その写本が数多く作られ、世界中にキリスト教が布教されていきました。海を越え、時を越えて、信じる人々の心の拠り所となったことでしょう。
 本はいつだって、読む者を助け、支えててくれるものなのです。
 ただ、『聖書』を例に出したことで勘違いしていただきたくないのは、本それ自体は尊いものでも、崇拝しなければいけないものでもないということです。その中に「知恵」と「思い」をいだいて存在しているだけのものです。その「知恵」をどのように食べ、その「思い」をどのように心に落とすのか、それはすべて受け取り手次第なのです。
 本は静かにそこに在るだけ――。星たちが、ただ静かに瞬いているのと同じように。

 さて、紙の本は長い間、人類の知のアーカイブ(保存資料のコレクション)として機能してきましたが、それが今、ネットと電子書籍にとって代わられようとしています。
 前述の本の機能に照らし合わせて考えてみれば、距離を越えるという点で、ネットは一瞬にしてそれを実現しますし、時間を越えるという点で、電子書籍は永遠に劣化せずに(おまけに絶版という流通上の制限もなくなって)残りつづけます。
 本というものを、「人類が獲得した“知恵”や“思い”を、“距離”や“時間”を越えて共有するためのアイテム」としてとらえたとき、それがネットと電子書籍に代替されていくのは当然の流れと言えるでしょう。

 その流れの中で、今は覇権をめぐる闘いが繰り広げられている真っ最中です。グーグルが世界規模の電子版・知のアーカイブを構築しようとしているのも、先日発表された「出版デジタル機構(仮称)」の設立(※註)の動きも、そうした流れを受けてのこと。
 皆、新たな星空を創り出そうとして躍起になっているのです。
 ただし、その動機はまちまちで、ネット企業の経営視点、ユーザー視点、著者視点、出版社視点、図書館視点、国の政策視点と、さまざまな思惑が錯綜して混沌としています。
 早くこの靄(もや)が晴れ、透き通った秋の夜空のように星々が綺麗に見渡せる日が来てほしいものです。その前に、残暑も、台風も、乗り越えねばならないということでしょうか。

 一方で、既に数千年の歴史を持つ紙の本が彩る星空の美しさは格別です。そこでは知のアーカイブを実際に目の前に一望できるからです。ネットは、図書館や書店のようにアーカイブに浸る場としての空間を持ち得ません。そこにリアルな星空はないのです。
 思索を身体的に体験する場である図書館や書店は、今の時代に残された、とても貴重な星を見上げる丘といえるかもしれません。

 だからこそ、実体と空間を生み出す紙の本と、機能的に優れた電子書籍の双方が融合した形で、知のアーカイブが構築されてほしいと願うのです。
 それが新しい星空となって、ぼくたちを導いてくれますように。

 ちいさな光をささやかに放つ、星と本に、願いを。

(第14回・了)

(※註)出版デジタル機構(仮称)
 2011年9月15日に、インプレスホールディングス・勁草書房・講談社・光文社・集英社・小学館・新潮社・筑摩書房・東京大学出版会・東京電機大学出版局・版元ドットコム(代表:ポット出版・ほか6社)・文藝春秋・平凡社・有斐閣の出版社20社(五十音順)により、「出版デジタル機構(仮称)」設立準備連絡会が設立された。冬にも新会社としての設立を目指し、国内の出版社の参加を広く募っていく。プレスリリースによると目標、業務内容は以下のとおり。
 日本国内における電子出版ビジネスの市場拡大をサポートするための公共的なインフラ構築を目指す。同機構の主要な業務のひとつは、出版物のデジタルデータの保管=ストレージ。また、それだけではなく、すべての出版物のデジタル化の支援に努める。さらには各電子書店への配信業務のサポート、図書館に対する窓口機能等の業務も進めていく。これらのインフラを整えながら、読者にとってのよりよい読書環境を育てていくことを目標とする。

 

※キャプテンコラムは、隔週の水曜日に更新します。次回は10月5日(水)の12:00に更新する予定です。 よろしければぜひまたお越しください。今回もまた、つたない文章を最後まで読んでくださってありがとうございました。どうかあなたが、日々あたたかな気持ちで過ごされますよう。

第1回 「やさしい時代に生まれて〈その①〉」
第2回 「やさしい時代に生まれて〈その②〉/やさしい時代における電子書籍とは?」
第3回 「泡とネットとアミノメの世界の中で」
第4回 「電子書籍の自費出版が100万部突破!〈その①〉/メリットとデメリット」
第5回 「電子書籍の自費出版が100万部突破!〈その②〉/出版界の反撃」
第6回 「海、隔てながらつなぐもの」
第7回 「ITユーザー(あなた)は電子書籍の行間を読むか?〈その①〉」
第8回 「ITユーザー(あなた)は電子書籍の行間を読むか?〈その②〉」
第9回 「もしもエジソンが電子書籍を作ったら?〈その①〉」
第10回 「もしもエジソンが電子書籍を作ったら?〈その②〉」
第11回 「大きい100万部と小さい100万部」
第12回 「ぼくがクラシックバレエを習いつづけているわけ」
第13回「生まれ変わったダ・ヴィンチ電子ナビをよろしくお願いします」