【第4回】リアル書店は生き残りのためにどんな戦略を描いている?  ―国内最大級の紀伊國屋書店に聞いてみた

更新日:2013/8/14

 アマゾンのKindleが日本でサービスを開始してから半年以上が経過。「黒船」とも言われたKindleですが、紙の書籍や他の電子書籍サービスがなくなることはなく、各社とも差別化や棲み分けを図っている状況です。

 一方でリアル書店の減少は着実に進んでいます。駅前に唯一あった本屋さんがなくなり、図書館やネット通販以外では本を手にすることができないといった町が全国で増えています。

 ではいったい、リアル書店は生き残りのためにどんな戦略を描いているのでしょう? そこで今回は、電子書店Kinoppyを擁し、リアル・電子、国内・海外と全方位的に意欲的な取り組みを続けている国内最大級の書店チェーン・紀伊國屋書店を取材しました。

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 紀伊國屋書店は昭和2年創業、売上高は1100億円規模、国内に65店舗、海外に24店舗を展開。新宿本店で昨年開催された「ほんのまくらフェア」が話題となったり、国立国会図書館のデジタルアーカイブの配信に参加したことでも注目を集めています。


 

紀伊國屋書店の電子書店「Kinoppy」のPCサイト(http://k-kinoppy.jp/


 

紀伊國屋書店の電子書店「Kinoppy」は他と何が異なるのか?

――Kindle日本版以前からサービスが開始され、高い評価を目にすることの多い「Kinoppy」ですが、まずはその概要について教えてください。

宇田川: 2010年末にPC向けにサービスを開始し、11年5月にAndroid、翌月にはiOSにも対応しました。現在、電子書籍事業で提携関係にあるソニーのReaderからも同じ年の10月から「Kinoppy」の利用が可能になっています。実はそれ以前からも学術書の電子販売は手がけており、米国の動向はその頃から把握していました。

 「Kinoppy」の現在のタイトル数は約9万点ですが、コミックではなく、ビジネス書や純文学といった文字ものの売上げ比率が高くなっています。その結果、従来のいわゆるガラケー向け電子書店に比べると利用者の年齢層は高く、紀伊國屋書店らしさが現れていると思います。

宇田川 信生
株式会社紀伊國屋書店
電子書籍事業部 担当理事
1978年入社。仙台営業所を経てニューヨーク事務所、ロンドン事務所にて洋書・洋雑誌・海外学術データベース等の輸出を担当。帰国後、電子情報本部長として学術データベース事業を統括したのち、2010年より同社の電子書籍事業を立ち上げから担当する。

――たしかに、以前ネット上でも「アマゾンと紀伊國屋書店(リアル店舗)で売上ランキングがかなり違う(例えば老舗の出版社が上位に来る)」という比較表が話題になったりもしました。電子書店にもその傾向が現れているようですね。他にはどんな違いがあるのでしょうか?

宇田川: 電子書店全般に言えることですが、差別化を図ることは実は難しいのです。現状、出版社さんはできるだけ自社の書籍をあらゆる電子書店に並べようとします。「この書店限定」といった品揃えは現実的ではありません。したがって私たちは、サービスを充実させたり、「書店」が運営する電子書店という特色・アイデンティティを出して行く方向で取り組みを進めています。

――「書店としてのアイデンティティ」とは具体的にどういうものなのでしょうか?

宇田川: 私たちの強みはやはり「リアル店舗」をしっかりと運営している点です。日々刻々とリアル書店での動向――売上や注目度など――をできる限り電子書店にも反映させるようにしています。

――本の売上全体の中で一定の割合を占める紀伊國屋書店の売上データ「Publine」は約300社の出版社などでマーケティングに活用されていますが、Kinoppyでもそれが活かされているわけですね。

宇田川: そうですね。それに加えて、私たちは出版社さんと長年深くお付き合いをしていますから、電子書籍の販売動向もPublineを通じて出版社さんに提供したり、その関係を活かしてKinoppyで特集を組んだり、またその特集を実店舗でコーナーを設置するということも行っています。リアル書店があるからこそ可能な「リアルと電子」両方での販促プロモーションができるのです。

紀伊國屋書店新宿本店の店舗内に設置された「Kinoppy体験コーナー」


 

 また、4月26日にオープンしたグランフロント大阪店(1060坪)では、隣接するスターバックスさんにiPadを設置してもらい、Kinoppyでの読書体験ができるようにもしました。

 

「Kinoppy専用端末」を出さないのには訳があった

森 啓次郎
株式会社紀伊國屋書店 海外事業推進室長
新宿本店・新宿南店担当 常務取締役
1977年入社。サンフランシスコ店、ロサンゼルス店を皮切りに海外店舗の運営を担当。1983年よりシンガポールへ。パシフィック・エイシアン地区総支配人としてアジア・オセアニア地区の事業所を統括したのち、2004年から現職。

――端末のお話が出たところで、もうひとつお聞きしたかったのですが、Kinoppyの専用端末はなぜ出さないのでしょうか? 2011年頃から国内でも専用端末が相次いで登場し、そのたびにニュース等で話題にもなりましたし、他の書店チェーンでは専用端末を店頭で大きく取り上げています。電子書籍=専用端末というのが世間での一般的な理解なのかな、と思ったりもするのですが……。

森: プロジェクトを開始した当初はさまざまな企画が持ち込まれました。しかし、我々の軸足はコンテンツ(本)を売ることに置くべきだろうと判断したんです。いったん専用端末を持ってしまうと、その後のメンテナンスやサポートに相当なリソースを取られてしまいますし、それよりもマルチデバイス対応をしっかり行うべきだという方向に舵を切ったんです。

 専用端末で使われているEインク(電子ペーパー)は、本をたくさん読む人達に支持される傾向がありますが、そのような方々にはソニーのReaderからKinoppyで購入したコンテンツを楽しんでいただければと考えています。

藤則: 弊社のKinoppyでは出版社との関係を大事にしながら、あくまでもマルチデバイスの方向でコンテンツ販売に注力することにより、出版社と一緒に成長していきたいと考えています。

 

連携の鍵となる「サイト統合」と「ポイントシステム」

藤則 幸男
株式会社紀伊國屋書店 店売総本部
常務取締役 副総本部長
1980年入社。岡山営業所を皮切りに営業総本部にて主に大学・研究機関向け目録データベース作成・販売ならびに図書館運営業務等を担当し、同社のBtoBにおける電子書籍ビジネスである「NetLibrary」も手掛ける。ライブラリーサービス営業本部長、営業推進本部長を経て昨年12月より現職。

――先ほど読者や出版社から見たときのリアル書店と電子書店の連携についてお話しいただきましたが、システム的にはどのように連携しているのでしょうか?

藤則: Kinoppyのサービス開始前から「紀伊國屋ポイントカード」を通じた会員システムを運営していますが、現在この“リアル書店に足を運んでくれる”会員は約370万人(※カード配付数)いらっしゃいます。

 一方インターネットにおいては、紙の書籍やDVD・CDなどのメディアをアマゾンのようにネット販売する「BookWeb」「ForestPlus」、そして電子書籍を扱う「BookWeb Plus」という3つのサイトを運営してきました。ただ、この状態ではリアル書店・ネット通販・電子書店それぞれの送客が難しく、客層も実際重なっている部分が小さかったのです。そこでCRM(カスタマリレーションシップ・マネジメント/顧客関係管理.)の観点から、思い切って今年の3月末にこれらのサイトを統合しました。また、紙の書籍や電子書籍が購入・閲覧できるKinoppyのアプリ(iOS版/Android版)も90万ダウンロードを超えました。

 この統合サイト(http://www.kinokuniya.co.jp/)では、これまでそれぞれのサイトを利用していた方が今まで気づかなかったサービスを知ってもらうことが可能になりました。それによって、これまでリーチできていなかったお客様の獲得が期待できますし、それぞれのサービスを重複して利用し、飛び抜けて平均単価が高いヘビーユーザーの方々の利便性をあげることにも繋がると考えています。

3月末にリニューアルした紀伊國屋書店の統合サイト


 

 紀伊國屋書店全体としてはリアル店舗に足を運んでいただくお客様が多いのですが、そのような方々にもプッシュ型で情報を届けることによって、電子書籍の利用が拡がっていくという期待もあります。

西根 徹
株式会社紀伊國屋書店 店売総本部 店売推進本部 役員待遇・本部長
1985年入社。新宿本店、ニューヨーク店勤務を経て、仙台店、流山おおたかの森店の開店を担当。新宿南店長を経て2009年より現職。店舗での現場経験を活かし、国内店舗の運営を統括するとともに、「紀伊國屋ポイント」、「紀伊國屋書店ギフトカード」等、多数の新規ビジネスを手掛ける。

西根: これまで別々だったIDではなく、メールアドレスでログインできて、各サービスでの購買履歴やポイントも統合されます。また、リアル書店では、主要店舗にKinoppyを体験できる電子書籍コーナーを設置したり、Kinoppyのダウンロードを促進する目的でレシートやブックカバー、POPなどにQRコードを入れるというような取り組みも行っています。

 それに加え、店舗の検索端末「キノナビ」もKinoppyと連携し、在庫切れや絶版本の電子版を注文できるようになっています。キノナビでプリントしたレシートにはバーコードが印刷されていますので、これをKinoppyアプリで読み込めば該当する本が表示される、という仕組みです。

 

宇田川: この統合サイトでは、本棚を模した画面で紙・電子両方の蔵書(購買履歴)を管理できます。蔵書ごとに他のユーザーに公開する・しないが選べますし、書評コメントも記録しておくこともできます。各書店の店長などといったスタッフも、店舗で注目されている本をピックアップした本棚を公開したり、書評を書いたりもしていますが、今後は有名な著者の方にもご参加いただいて本棚を公開するということもやっていきたいですね。「サイトの向こうに人がいる」感覚が演出できればと。

クラウドサービス「あなたの本棚」では、店舗やウェブストアで購入した書籍・電子書籍や欲しい書籍を登録できる