ヒャダイン連載 【第6回】今話題のマンガ『自殺島』を読んで自殺について考えてみた

2013/6/18

一概に「自殺やめろ!」と言う権利が自分にあるのか

敵集団リーダーのサワダこいつが狂ってて、かなり怖い。くわしくはコミックスで

 この本の興味深いところはやはり全員が闇を持っているところ。必死にサバイバル生活をしながらも死への誘惑、過去のトラウマが心を蝕んでいくんですね。それによって、サバイバル生活に支障をきたしたり、仲間割れをおこしたりするのです。そもそも死にたくて死にたくて仕方なかった連中。それなのに今は生きようと必死にもがいている。言ってみれば死ぬことへのハードルが極端に低いのにがむしゃらに生き抜くという矛盾。この矛盾の中から各人が生きることの意味を少しずつ見出していくようです。

 と、巷でも話題になっているこの『自殺島』。私見ですが、実社会で自殺したい人への抑止力となるかと言われたら、少し難しいんじゃないかな、と思います。これはこの作品への批判とかではなくて、自殺する人に精神面から立ち直ってもらうのはめちゃくちゃ難しいと僕は思っているのです。(この作品内でも、自殺志願者の更生が難しいから「自殺島」というシステムを作り上げたわけで。)確かにこの自殺島のメンバーは心に闇を抱えていてその自殺願望はリアルな自殺志願者に共感を得るところが多いと思います。生きようとポジティブな主人公に対して「なぜ頑張るんだよ」とネガティブになる登場人物も描かれていて、それを改心させるシーンもたくさんあります。実社会の自殺志願者もこの作品を読むことで「生きるとはなにか」「生きる義務がある」ということを痛感させられると思います。それほど強くて素晴らしい作品ですから。しかし、僕らは自殺島じゃなくて平和な日本に住んでいるわけで。自殺を止める精神構造にするには並大抵のことじゃないと思います。

 「自殺」という重いテーマについてですが、僕だって「あー死んじゃいたい」と思ったことは何度もあります。しかし本当に自殺に及ぶ人は僕なんかが思いもよらないほどに悩んでいて追い詰められていて苦しんでいる。誰かに助けてほしいけど誰の手も借りることができず自ら死を選ぶ。凄く悲しい行為だし、止めなければいけない行為なんだけど、一概に「自殺やめろ!」と言う権利が自分にあるのか、と思います。その人の苦しみや痛みを和らげてあげることができるなら胸を張って言えるのですが、無責任に正義感だけで言えないと思っています。

生きるということの意味を一生懸命考えさせてくれる作品

 だけど、1つだけ。僕が自殺志願者に言いたいことがあるのです。皆さんが自殺をすることによって、あなたと仲良かった人、親類、多くの人たちがその一生を地獄のような哀しみを背負って生きていくことになります。自殺で子供を失くした親御さんたちは自分を責め続け哀しみに明け暮れて、自分の死の瞬間まで十字架を背負って生きていくことになるんです。あと、反対に、「仕返し」のつもりで自殺して自分のことをいじめた奴らに十字架を背負わせることが出来ると思ったら大間違いだと思います。あの人たちは自分がいじめていた人間が自殺したところで痛くも痒くもないどうしようもない生命体なんです。「自殺したんだ、あ、そ」で、終了。仕返しの自殺は、ただの死に損。無駄死。それどころか、自分が傷つけたくなかった人々を一生傷つけることになるんですから。どんなに「自分は孤独だ! ひとりぼっちだ! 自分が死んでも誰も悲しまない」と思っていても、自殺をしたら悲しむ人はたっくさんいます。悲しむどころか、心に大きな闇を抱えることになります。だから、どうか死なないでほしいと僕は切に願います。

 少し重めのテーマになりましたが、『自殺島』、本当に名作です。生きるということの意味を一生懸命考えさせてくれる作品です。悩んでいる人、ぜひ読んでみてください。。

 

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