【第6回】本当の電子書籍元年はこれからだ!? ――第18回国際電子出版EXPOで気になったこと

更新日:2013/8/14

 毎年7月に、東京ビッグサイトで東京国際ブックフェアというイベントが開催されています。それと併催される形で、国際電子出版エキスポが開催されており今年で18回目を数えています。Kindleが日本でも始まって以来はじめてとなるこのイベント。基本的には業界向けのイベントですが、私たち読者にも影響が及びそうなトピックスも。一体どんなことが語られ、どんな展示があったのでしょうか?今回はその模様をお伝えします。


 

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図書館の電子書籍貸出が本格化へ?

 例年、ブックフェアでは開催冒頭に基調講演が行われます。電子書籍元年と言われた2011年には、作家の大沢在昌氏が当時は電子化に消極的にも見えた出版界に檄を飛ばす形で、自らの取り組みを紹介しました【 リンク:ブックフェア2011リポート 「電子書籍はハードボイルドなミライを迎えるか」 】。

 2012年は、ここにkoboをリリースしたばかりの楽天三木谷浩史氏、講談社の野間省伸氏らが登壇し、電子出版への積極的な取り組みをアピールしています【 電子書籍はじまったな…“電子出版EXPO”突撃レポート 】。

 毎年2000人前後の業界関係者が耳を傾けるこの会場に、今年はKADOKAWAの角川歴彦会長が登壇しました。

 角川会長は講演の中で、表現・出版の自由を保障する憲法のもと日本の出版業界が委託制度(資金力に乏しい書店を支えた)・再販制度(出版社に価格決定権)・著作権制度(著者と出版社の強い関係性)という3つの制度に支えられ、これまで発展してきた歴史を振り返りました。しかし、これらの制度がデジタル化、クラウド化の中にあって限界を迎えているというのです。

 標準フォーマットepub3の仕様が定まり、国内大手が一斉に電子書店を本格化させたことを受け、「電子書籍元年は2012年だった」と角川会長は言います。そこに加えて、Kindle日本語版がスタート、楽天が書籍取次第三位の大阪屋を支援、隣接権を巡る議論が進むといったパラダイムシフトが進行中という訳です。

 その変化は従来の出版界を超えた規模で進行中です。本がデジタル化、クラウド化するということは、スマホの画面を眺めても分かるように、ゲームや音楽・映像と同じ土俵に絶つことを意味するからです。角川会長は「クラウドプレイヤー」として、GAFMAなどとも総称されるGoogle、Amazon、Facebook、Microsoft、Appleを挙げて、変化を主導する彼らの戦略を理解することの重要性を説きます。特にAmazonは、書籍からその領域を拡大していく中で、既存のプレイヤーに挑戦を仕掛けていると指摘。例えば、書籍では紀伊國屋、音楽や映像ではTSUTAYA、おもちゃではトイザラス、家電製品ではヤマダ電機、ヨドバシ、タブレットではアップルという具合です。

「クラウドプレイヤーが主導権を握る世界で、果たして出版社をはじめとするコンテンツ事業者は幸せになれるのか?」と角川会長は会場に問いかけました。例えば米国では音楽の定額配信が浸透する中で、1曲当たり1ドルあったとされる権利者への還元が現在1セントになってしまった、というのです。わたしたち消費者にとって、コンテンツの価格が安くなるのは嬉しいことですが、それを生み出す人々への還元が小さくなることは、新しいコンテンツを生み出す原資が乏しくなっていくことにつながりかねません。

 そういった変化にさらされている出版界に対して、内側からルールを変える必要性を角川会長は説きます。そこで挙げられたのは3つの提言です。

1 新刊と同じ場所に電子書籍や中古商品が並べられ選択可能になっているなど、Amazonが実現していることは出版業界が1つになって対応する。

2 書店を紙の本に加えて電子書籍も購入できるといった具合にハイブリット化し、注文から入荷まで1週間以上掛かっている状況を改善する。クラウドを活用した在庫情報の共有化も図る。

3 米国ではすでに確立されている図書館に対する電子書籍貸出システムを整備する。それによって出版社の権利、収益性を確保と、多くの読者への読書機会の提供を図る。

 この3つめの提言については、講談社や紀伊國屋書店と研究を重ねて来たことがこの講演で紹介され、野間社長・高井昌史社長を壇上に招いた上で、さらにその枠組みを拡大したいとの呼びかけが角川会長から行われました。

 このことは、私たち読者にはどういった影響があるでしょうか?現状、図書館での電子書籍の貸出はまだ一部に留まっています。一方で、紙の本については書店でのベストセラーに人気が集中し、数週間、場合によっては数ヶ月間待ってでも本を借りて読むという人もいます。

 以前、この連載では編集者の仲俣暁生さんとの対談を行ったことがあります【 https://ddnavi.com/serial/18243/3/ 】。その中で仲俣さんは電子書籍とは突き詰めれば「ライブラリー」であると指摘されました。本が紙というパッケージから電子へとその姿を変えていく中で、絶版となってしまったような作品も含めて豊富な本へのアクセスを提供する図書館の重要性は増しています。

 先日国立国会図書館が、アーカイブの電子化を行い、紀伊國屋書店のKinoppyで試験的に提供するという取り組みを行い、好評でした【 https://ddnavi.com/news/116871/ 】。そのような電子書籍の楽しみ方が、本を生み出す出版社(者)にも収益が還元される形で実現できることを、一読者としても願い、引き続きこの動向も追いかけていきたいと思います。

注目の展示も目白押し

 基調講演は業界への呼びかけということで、やや固いテーマとなりましたが、展示ブースの様子もお伝えしたいと思います。紙の本が中心に展示されるブックフェアと電子出版エキスポの両方が開催されるこのイベントでは、角川会長が触れたハイブリッド書店に通じる展示も直接目にすることができる貴重な機会です。その一端をご紹介しましょう。

「街中を書店にする」という意欲的な取り組みを押し出していたのは、大手印刷会社トッパングループの電子書店BookLive。専用のカメラアプリ「BookLive!カメラ(仮)」を使いスマホのカメラで本の表紙やランドマークなどを写すと、それに関連した電子書籍が表示される、というものです。

 まだアプリストアでの提供はされていませんが、年内にはBookLiveの取扱いタイトル18万冊に対応したいと担当者は意欲を語ってくれました。このアプリ注目すべき点はGPS情報を元に、書店を特定し、その書店が扱っていないタイトルをこのアプリから購入した場合に、書店にも手数料を支払うことを想定していることです。

 現在、いわゆる「街の本屋さん」が減り続けています。Amazonをはじめとするネット書店の豊富な在庫の中から本が選べる魅力に負けているというのがその理由の1つとして挙げられるでしょう。一方、本屋さんではその中を歩き回ることによって得られる「本との出会い」が生まれます。誰もが本屋さんで気になる表紙やタイトルの本を目にして、つい買って帰ってしまったという経験を持っているはずです。

 この「BookLive!カメラ(仮)」アプリを使えば、たとえ本屋さんにその本の在庫が無かったとしても、ポスターやカタログ、POPなどの本の表紙画像からその本を試し読みしたり、電子書籍を購入することができるようになる、というわけです。現在のところ、まずはグループの三省堂書店での展開を予定しているということですが、もし一般化すれば「ハイブリッド書店」実現に向けた一歩となるかも知れません。期待したいところです。

 もう1つの大手印刷会社大日本印刷(DNP)も大きなブースを構えて様々な技術、サービスを展示していましたが、筆者が着目したのは「読書アシスト」という技術です。

 通常、電子書籍は端末の画面一杯に文字が表示されます。しかしこの技術では、画面は全体の3分の1程度しか使われず、改行・改段が施されます。これによって、読書の速度が20%も向上するというのです。視点を移動させる量が少なくなり、改段によっていま自分がどの行を読んでいるかどうかが直感的に認識できることで、スムースに文章を読み進めることができるのが、その理由です。

 この技術は電子書籍の特徴をよく活かしたものだと言えます。紙の書籍と異なり、電子書籍では「リフロー」と呼ばれる仕組みによって、文字のサイズや行間を自由に変更が可能です。タブレットやスマホなど様々な画面サイズに紙面を最適化することがその目的ですが、「読書アシスト」はこのリフローを更に一歩推し進めたものだと言えるでしょう。

 実際、筆者も会場で試してみましたが、確かに読み進めやすく、疲れも少ないように感じられました。こちらも将来、DNPグループの電子書籍サービスhontoの扱いタイトルを対象に展開していきたい、ということでした。

 イベントではこういった新サービスの紹介の他に、話題の著者によるセミナーやサイン会なども連日開催されました。電子書籍を古くから手がけるボイジャーのブースでは、個人出版され、SFファンを唸らせた『Gene Mapper(ジーン・マッパー)』の著者、藤井太洋さんによるセミナーが開催され盛況でした。

 藤井さんはこの作品をDRMフリーで販売しています。コピーガードが掛かっていないので、端末や環境を選ばずに作品を読むことができるのです。パートナーを得て台湾でもGene Mapperの展開をはじめている藤井さんは、「DRMが施されていなくても、海賊版が拡がることは無かった。自分がお金を払って手に入れた作品をわざわざ『放流』するユーザーは居ない」とその理由を語っていました。

 そのほかのトピックスとしては、楽天が展開するkoboについて事業責任者の舟木徹取締役が記者の取材に対して、「今までの計画が間違っていた」「電子書籍は局地戦に過ぎない」といった注目の発言をしていました。「koboで読書革命を」と三木谷浩史社長も宣言していましたが、月次ベースで20%の売り上げ増があると明かされたものの、軌道修正を余儀なくされていると言えそうです。

 紙の本を扱う楽天ブックスと電子書店koboストアの統合を進める楽天。スタート後は扱いタイトル数の急速な充実を目指す余り、問題も目に付きましたが果たして巻き返しを図れるか、こちらも注目しておきたいと思います。

 このように、電子書籍に関するトピックスが目白押しだったイベントでした。来年7月の開催もすでに予告されています。書店、そして図書館は本格的な電子書籍の幕開けを受けて、この先1年でどんな変化を遂げるのか――読み手である私たちにも影響が及ぶことになるでしょう。本連載でも引き続き、変化の現場を訪れ、お話しを伺っていきたいと考えています。

 

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