キャプテンコラム第15回「ひとり占めしたい!という欲望は、電子書籍でどう昇華されるのか?」

キャプテンコラム

2011/10/5

ダ・ヴィンチ電子ナビ キャプテン:横里 隆

ぼくたち電子ナビ編集部は、
どこか学生時代の部活動のようなところがあります。
だから編集長じゃなくてキャプテンなのです。
そしてネットの海を渡る船長という意味も込めて。
みんなの航海の小さな羅針盤になれたらいいなと。
電子書籍のこと、紙の本のこと、ふらふらと風まかせにお話ししていきます。

 はじめて自分の勉強机を買ってもらったとき、はじめて自分だけの部屋をあてがわれたときの、はち切れんばかりのよろこびを、今もよく覚えています。それまで姉と共有していた机や空間を、これからは堂々とひとり占めできるからと。

 成長とともに、本やマンガ、本棚、百科事典、オーディオなどなど、いろいろなモノを所有(ひとり占め)できるようになっていきました。大学生になって親元を離れて暮らすようになったら、ますますひとり占めできるモノの数が増えました。自分だけのテレビ(たった14インチ!)を手に入れたときの喜びといったらありませんでした。「ああ、これからはどんな番組だって見放題だ。チャンネル争いもない。夜更かしして深夜放送を見ていても誰にも何も言われないですむ! 万歳!!」といった具合です。
 親離れし、ついに自分自身をもひとり占めできるようになったのです。
 成長するということは、ひとり占めできるものがどんどん増えていくことなのだと感じました。何かから解き放たれ、自由になった気がして「ひとり占めって素敵だなあ」と心底思ったものでした。
 そんなふうに大人になった今のぼくの自宅や職場(編集部のデスクの周り)は、常にモノで溢れています。欲張りで、何もかも所有したいのだから仕方ありません。
 自分を基準に考えて、誰もがたくさんのものを所有して、ひとり占めしたいに違いないと思い込んできました。
 
 ところが、せっせとひとり占めにはげんでいる間に、いつのまにか人々の価値観は大きく変化していたのです。
 もう何年も前のことになりますが、世間のライフスタイルを伝える番組が、モノを持たない若者たちが増えていると教えてくれました。ひとり暮らしのワンルームの部屋にはベッドとクローゼットくらいしかないと。え!テレビは? ビデオは? 本棚はどこ? と驚きました。何もない部屋はさっぱりと綺麗で、まるで生活感のないビジネスホテルの一室のようでした。
 松田久一著『「嫌消費」世代の研究』(東洋経済新報社)に詳しく書かれているように、20代の若者たちの多くは消費を嫌がり、モノを「欲しがらない」のだといいます。
 これを言い換えれば、何かを所有する(ストックする)のではなく、必要なときに一時的にキャッチしてその後リリースする(フローする)生活スタイルに変化したということでしょうか。
また、フローの中で軽やかに生きていくためのツールが、PC、ケータイ、スマートフォンなどのコミュニケーションツールであり、人々はそこからもたらされる情報に敏感に反応することで、ますますフロー化する社会に適応してきたのでしょう。
 
 でも、ぼくのように何もかもひとり占めしたい欲張り人間にはフロー化する生活は耐え難いものでもあります。例えば、好きなマンガは何としても所有したいから、フローサービスのひとつであるマンガ喫茶などはできるだけ利用したくないのです。宝物のように感じる作品は二冊ずつ購入し、一冊は常に読む用として、もう一冊は保管用として所有したいのです(実際そうしている作品もいくつかあります)。
 時代がストック型からフロー型に急速に変化していく中で、マンガ喫茶に限らず、さまざまな新しいサービスが生れてきました。クルマを不特定多数でシェアするカーシェアリングサービスしかり。ゲームや映像のダウンロードサービスしかり。ネット上でソフトやストレージを共有するクラウドサービスしかり。また、SNS(ミクシィなど)のコミュニティは、人間関係の軽やかなキャッチ&リリースと言えるかもしれません。
 あらゆるものを、「ストック型? or フロー型?」で分類して見ていくと新しい発見があります。それは今の時代、これからの時代の需要に対応したものかどうかを見極めるリトマス試験紙にもなるのです。
 本というメディアで見れば、「ストック型の紙の本」から「フロー型の電子書籍」へと移行する過渡期が、まさに今であると言えるでしょう。
 
 では、すべてがフロー化していく中で、ぼくを育んできた「ひとり占めしたい!」という強い欲求は、いったいどのように昇華すればいいのでしょうか?
 もちろん電子書籍の機能が優れていることはよくわかります。最近では、仕事で読まねばならない本のゲラ(出版前に校正用にプリントされたもの)を一気にスキャンしてPDF化し、何冊もipadに入れて持ち歩いているくらいです。移動中や出張中に気軽に読むことができてとても便利です。
 でも、どうしても電子書籍が味気なく感じてしまうのは、モノとしての存在感がないからなのです。存在感を求めるのは、消し難い所有欲があるゆえだと思います。便利なだけでは足りないのです。
 今のところ所有欲を満たしてくれるものは、電子書籍を表示するデバイス側(ipad、iphone、電子書籍専用端末など)にはあるものの、電子書籍のコンテンツ側にはほとんど存在しません。
 今後、ダウンロードした電子書籍そのものに、「これはぼくが所有している電子書籍なんだ」と、よろこびとともに感じることのできる何かが付加されたとき、モノへの執着にとらわれた世代(ぼくたち世代)をも本格的に電子書籍のユーザーとして取り込むことができるのではないかと思うのです。
 
 付加されるべき何かとは、いったい何なのでしょう?
 もしかしてそれは、実体のない電子書籍を「モノとして所有している」ふうに演出することなのかもしれません。たとえ演出であろうと、それを実現したアプリや電子書店が登場したら、競合に一歩も二歩もリードすることができるだろうと思うのです。ストック志向のユーザーを電子書籍に惹きつける演出・・・・。
 想像してみます。その電子書店で電子書籍を購入すると、自動朗読機能や速読サポート機能が付随してきます。そして、3D表示機能で本の装丁を楽しむことができ、なおかつ、カバーデザインを何百通りの中から好きに選ぶこともできます。でもって、自分で自由にデザインすることだって可能なのです。それらが収められたぼくの3D本棚は一般にも公開され、ユーザーによる装丁の人気ランキングなどが行われたりもします。電子書籍というメディアが、より嗜好品になるということ。何だか楽しそうです。
 そうして、電子書籍ならではのギミック的魅力と、モノとしての本の魅力(の演出)によって、ぼくの心の中の所有欲はぐっと電子書籍にも向けられるようになるかもしれません。
 うん。早くそうなってほしいものです。

(第15回・了)

 

※キャプテンコラムは、隔週の水曜日に更新します。次回は10月19日(水)の12:00に更新する予定です。 よろしければぜひまたお越しください。今回もまた、つたない文章を最後まで読んでくださってありがとうございました。どうかあなたが、日々あたたかな気持ちで過ごされますよう。

第1回 「やさしい時代に生まれて〈その①〉」
第2回 「やさしい時代に生まれて〈その②〉/やさしい時代における電子書籍とは?」
第3回 「泡とネットとアミノメの世界の中で」
第4回 「電子書籍の自費出版が100万部突破!〈その①〉/メリットとデメリット」
第5回 「電子書籍の自費出版が100万部突破!〈その②〉/出版界の反撃」
第6回 「海、隔てながらつなぐもの」
第7回 「ITユーザー(あなた)は電子書籍の行間を読むか?〈その①〉」
第8回 「ITユーザー(あなた)は電子書籍の行間を読むか?〈その②〉」
第9回 「もしもエジソンが電子書籍を作ったら?〈その①〉」
第10回 「もしもエジソンが電子書籍を作ったら?〈その②〉」
第11回 「大きい100万部と小さい100万部」
第12回 「ぼくがクラシックバレエを習いつづけているわけ」
第13回「生まれ変わったダ・ヴィンチ電子ナビをよろしくお願いします」
第14回「見上げてごらん、夜の星を」