「出版業界の未来はどうなる?」内田 樹×名越康文×橋口いくよ 勝手に開催!国づくり緊急サミット

更新日:2014/3/5

人は欲望に感染する

内田 樹

内田 最近の雑誌って、実用性の高い、かたちのある知識や情報は伝えているけれど、そこに作っている人の渇望とか欠落感とか、全然感じられないんだよ。読者は、書き手や作り手の「欲望」に感染するわけであって、それがなければ、惹き付けられないのは当然なんだよ。「これが欲しい」っていう気持ちを作り手が本当に抱えて誌面を作れば、その「あがき」が浮かび上がってきて、読者にも感染する。ただ役に立つ情報が羅列してあっても、そんなものには何の魅力もない。みんな勘違いしているけれど、役に立つ情報ってぜんぜん人の欲望を喚起しないんだよ。

名越 僕、ネットラジオで「お釈迦様ってどんな人?」っていうシリーズをずっとやってるんですね。本当なら、お坊様やお釈迦様の研究者にやってもらったほうがいいはずでしょ。でも、みんな「初めて仏教がわかりました」って言ってくれるの。僕自身がもっと仏教を知りたいっていう欲求の中で「今回こんなことがわかったよ」って言うのが、聴いている人を一番触発するんですよね。

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内田 そうなんだよね。例えば、僕の数少ない定期購読雑誌が『映画秘宝』(※)なんだけど、これが世間が相手にしてくれない映画のための雑誌なんだよ。客も来ないし、まともなメディアが取り上げることもないタイプの映画、ゾンビとか切り株映画とか空飛ぶギロチンとか、そういう困った映画が大好きな人たちが作っているそういう映画好きだけのための雑誌なんだよ。だからものすごく純粋なんだ。もう最初のページから最後まで膨大な情報量で、月刊誌なのにひと月かけても読み切れないくらいに中身が詰まっている。作り手と読者がある種の欠落感を共有しているからできるんだと思うよ。

橋口 そういえば子供の頃って同じ本を何度も何度も読みました。10代の頃になると、可愛くなりたくておしゃれになりたくて、でも自分にはその容姿も足りないしお金もなくて、その渇望で雑誌を読んで。きっと、当時の雑誌を作っていた人にも渇望があって、それを子供なりに感じ取っていたんだろうなあ。

内田 あのね、欠落が人を惹き付けるんであって、充実は人を惹き付けない。作り手はみんな勘違いしてる。あふれるような知識がある人たちがあふれる知識を披露しても、誰も、何の興味も持たないよ。

橋口 思春期の頃なんて、欠落感の固まりだったなあ。憧れの人の自伝を難しいと思いながら読んだりね。とにかく知りたいことだらけで。

名越 でも、最近はそういう欠如や欠落感を、あえて感じさせないような世の中になってきているので危険なんです。

内田 そう。そして、今の若い子たちに蔓延しているのが、反知性主義。これは深刻だよ。

橋口 どうして、わざわざ反知性? 次回そのあたりをぜひ!

※『映画秘法』……、洋泉社が発行する映画雑誌。A5判ムックとして年に数度発刊された後、1999年にA4判の隔月刊映画雑誌としてリニューアル。さらに、2002年より月刊化した。B級映画やお色気映画、ハリウッドの失敗大作など、他の映画雑誌にはない切り口で映画を紹介している。

 

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内田 樹、名越康文橋口いくよ/著
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内田 樹
うちだ・たつる●1950年東京都生まれ。思想家。神戸女学院大学名誉教授。凱風館館長。専門はフランス現代思想、映画論、武道論。2007年『私家版・ユダヤ文化論』(文春新書)で第6回小林秀雄賞を、10年『日本辺境論』(新潮新書)で新書大賞2010を受賞。近著に『一神教と国家』 (中田 考との共著 集英社新書)、『内田樹による内田樹』(140B)、『街場の憂国論』(晶文社)など。自身が運営するブログは人気サイトでもある。「内田樹の研究室」

名越康文
なこし・やすふみ●1960年奈良県生まれ。精神科医。専門は思春期精神医学、精神療法。臨床に携わる一方で、テレビ・コメンテーター、雑誌連載、映画評論、マンガ分析などさまざまなメディアで幅広く活躍中。近著に『悩み脱出の力を鍛える! 名越康文のシネマ・セラピー』(KADOKAWA エンターブレイン)、『驚く力』(夜間飛行)、『40歳からの人生を変える心の荷物を手放す技術』(藤井誠二との共著 牧野出版)など。毎月第1・第3月曜日に「夜間飛行」名越康文メルマガも配信中。

橋口いくよ
はしぐち・いくよ●1974年鹿児島県生まれ。作家。著書に『愛の種。』(幻冬舎文庫)、『原宿ガール』(KADOKAWAメディアファクトリー)、『小説 僕の初恋をキミに捧ぐ』(小学館文庫)、『だれが産むか』(幻冬舎)、『小説 少年ハリウッド』(小学館文庫)など。また、舞台『少年ハリウッド』(原案『原宿ガール』)の脚本・作詞も手がける。最新刊は『おひとりさまで! アロハ萌え』(講談社文庫)。
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