【第12回】電子書店サービスが終了したら、買った本は読めなくなる?

Kobo

2014/2/28

 まつもとあつしです。前回、2013年の電子書籍を巡る動きを、連載記事を通じて振り返りました(前回の記事)。読み手にとっては、電子書籍がぐっと身近なものになった1年だったと言えるでしょう。その結果として、書き手にとっても個人出版も含め本を売る機会が広がっています。

 ところがここに来て、気になる動きも。前回の記事で「2011年前後に相次いでオープンした電子書店が、整理統合の時代を迎えるという予想も」と書いた通り、電子書店を終了するというニュースが相次いでいるのです。

 町の本屋さんが閉店して、そこで本が買えなくなるのと違って、電子書店の終了は「それまでそのお店で買った本も読めなくなる」という心配につながります。それはなぜなのか? そしてどんな対策が考えられるのか? 今回は最近のニュースをもとに考えて行きましょう。


 

大手も撤退?「引き継ぎ」がキーワードに

 いわゆる「電子書店元年」以前も、日本には電子書店がたくさん存在していました。携帯電話でマンガを読むという文化が2000年代からあったからです。そこに、専用端末やスマホ・タブレットで文字ベースの本を読むスタイルが加わったため、大小さまざまな電子書店が存在することになりました。

 代表的な電子書店を主とするものだけでも、アマゾンのKindle、楽天のKobo、ソニーのReader Store、紀伊國屋書店のKinoppy、DNPグループのhonto、凸版印刷グループのBookLive、独立系で携帯電話の時代からサービスを提供するeBookJapanやパピレス(Renta!)などがあり、通信キャリアがそれぞれ展開しているものや、ポータルサイト、ネットサービス企業が提供するものを合わせると、かなりの種類と数になります。

 ところが、先月、事業再編を進めるソニーが、北米・カナダで展開するReader Storeを3月末で終了し、Koboがこれを引き継ぐ、と発表しました。(以下の画面のように日本ではサービスが継続されることも合わせて告知されています)販売実績は非公開ですが、電子書籍事業を世界的に展開していた企業が撤退するということで、海外でも大きく報じられたのです。

 

Reader Store

ソニー: 今後ご提供予定のサービスのほんの一部をご案内

 

 ネット上でも「これから電子書店の撤退や、統合が相次ぐのではないか」あるいは「電子書店が終了してしまった場合、それまで購入した電子書籍が読めなくなってしまうのでは」といった声が多く聞かれました。電子書店の数が多いこと、そして昨年中頃から値引きによるキャンペーンが断続的に行われており、競争が厳しくなっているというイメージがその背景にあることは否定できません。

 いまはKoboを擁する楽天は、かつて電子書店Rabooを展開していました。そして昨年3月にKoboへの統合という形でサービスを終了しています。その際、Koboに登録を行えば、Rabooでの購入代金の40%がポイント還元されるなどの救済処置が取られました。しかし、再ダウンロードの手段は用意されず、いったんRabooで購入した書籍を消したり、あるいは端末が故障して読み出せなくなったりすると、2度とその書籍は読めないことになってしまったのです。

 

Raboo  Rabooサービス終了のお知らせ

Raboo Rabooサービス終了のお知らせ

 

 同様の救済処置は、ローソンが展開し2月24日に終了となったエルパカBOOKSでも取られました。こちらは購入金額の「全額」をポイントで返金するというものですが、サービス終了後は、購入した書籍も読めなくなってしまいました。

「紙の本なら、書店が撤退しても本を読み続けられるのに……」

 そんな不満が出てきてしまうのは致し方ないところでしょう。せっかく置き場所に困らず、容易にアクセスできることがメリットで、実際そのように宣伝されて購入した本=電子私的な蔵書が、ある日突然アクセスが閉ざされるというのは、どうにも納得がいかないというのが、自然な反応だと思います。

 実は、北米・カナダから撤退するReader StoreはKoboにその「蔵書」を引き継ぐことになっています。

 Reader Storeを引き継ぐことになる楽天のKoboはもともとカナダ生まれの会社です。楽天が買収する以前から、オープンな電子書籍サービスの提供をうたい、各国で現地の書店チェーンが電子書籍サービスを展開したり、自社サービスを終了したりする際の受け皿となってきました。今回の発表では、3月下旬にはReader Storeで購入した電子書籍が、Koboのライブラリに移行可能になり、追って既存のReaderデスクトップソフトウェアからKoboストアの電子書籍が購入できるようになるとされています。

 今回、北米・カナダのReader StoreからKoboへ購入履歴が利用者の負担なくスムースに引き継がれるかどうか、また、電子書籍ならではの読書情報(しおりやコメントなど)はどうなるのか、なども気になるところです。今後、電子書店が仮に整理・統合されていくとしても、きちんと蔵書が引き継がれるのであれば、読者としてはある程度安心して電子書店を利用できるようになるのではないでしょうか。

 

電子書籍は「サービス」。所有ではない。

 電子書店の撤退で改めて浮き彫りになったのは、電子書店で購入した本は、所有しているわけではない、ということです。例としてアマゾンのKindle利用規約を見てみましょう。

 

アマゾンのKindle利用規約

 

 ここで強調されているのは、Kindleコンテンツはあくあまで「使用権」が付与されるものである、という点です。また、その権利は第三者に譲渡できず、利用規約に違反すればアマゾンの判断でそのアクセスを無効にできるという内容になっています。

 本の中身が同じでも、電子書籍は紙の本が持つある種の「自由」とは全く別の存在であることがわかります。アマゾンがある日突然終了する――ということはなかなか考えにくいですが、他の多くの電子書店も同様の考え方でサービスを提供している以上、この「不自由さ」は電子書籍の宿命のようにも思えてきてしまいます。

 実際、わたし自身も将来にわたって参照することになるであろう本は、電子書籍では購入せず、紙の本で入手して自炊(本を裁断してPDFなどのデジタルデータにする作業については、以下の画像のように著書「スマート読書入門」にその方法をまとめてもいます)して保管しています。電子書籍をこれだけ取り上げてきたにも関わらずです。そういった本は、比較的価格が高いことが多く、将来にわたっていろいろな環境で読めるようにしておきたい、と考えると、それが現実的な解決方法(自衛策と呼んでしまってもよいかも知れません)なのです。

 

自炊

 

理想の電子書籍サービスの姿を考えるきっかけに

 昨年亡くなった青空文庫呼びかけ人の富田倫生さんは、理想の本(電子書籍)の形について著書「本の未来」で次のように記されています。

私が胸に描くのは、青空の本だ。
高く澄んだ空に虹色の熱気球で舞い上がった魂が、雲のチョークで大きく書き記す。「私はここにいます」
控えめにそうささやく声が耳に届いたら、その場でただ見上げればよい。
本はいつも空にいて、誰かが読み始めるのを待っている。
青空の本は時に、山や谷を越えて、高くこだまを響かせる。
読む人の問い掛けが手に余るとき、未来の本は仲間たちの力を借りる。
たずねる声が大空を翔ると、彼方から答える声が渡ってくる。
新しい本の新しい頁が開かれ、問い掛けと答えのハーモニーが空を覆う。

 とても詩的な表現ですが、電子書籍の一つのあるべき姿を示していると思います。インターネットでコンテンツを検索するように、いつでも気軽にアクセスし、その本を読んでいる他の読者と意見を交換できたりもできる――Web上のコンテンツで当たり前のように実現している世界から、まだ電子書籍はずっと手前の段階に留まっていると言えるのではないでしょうか?

 もちろん、著者や出版社、流通や書店といった本を作り、送り届ける人たちがその活動を続けられるような利益がもたらされること、そのために必要な手続きがあることも重要です。ですが、これから電子書籍の利用が増え、一方でサービスの淘汰が仮に進むのであれば、紙の本や他のコンテンツとのギャップをどう克服していくのかが、問われていくことになるでしょう。

 電子書籍の永続的な使用の妨げになっているのは、DRM(デジタル著作権管理)の仕組みです。青空文庫のような一部の例外を除き、現在ほとんどの電子書籍にはDRMが施されており、サービス事業者が認めた端末、環境でしか読むことができません。結果として、その事業者がサービスを終了してしまえば、アクセスの可能性がぐんと下がってしまうことになります。

 違法コピーによる海賊版を防ぐためにDRMは必要だ、という意見は根強くあります。しかし音楽の世界でも繰り返し指摘されてきたことですが、本当にDRMがなければ海賊版が蔓延してしまうのか? 現状でも、iPadなどでは画面のコピーは取得できるのに、ファイル自体にコピーガードを掛けている意味はどのくらいあるのか?という議論は引き続き行われる必要があるでしょう。

 あるいは、KindleやiTunesなどがそうであるように、デジタルコンテンツはクラウド上に一元的に存在していて、それにアクセスするスタイルが一般的になっていくのであれば、事業者・サービスを横断してアクセス権が引き継がれるように仕組みを整えていくべきだ、という意見もあります。今回のソニーのReader Store→Koboの件は、部分的はありますがその先例ともなるはずです。

 いずれにしても、過熱していた電子書籍ブームが落ち着きを見せる中、本当に電子書籍が私たちの生活の一部として定着するかどうかは、これからのサービス事業者の取り組み次第、ということになりそうです。

文=まつもとあつし