官能WEB小説マガジン『フルール』出張連載 【第37回】いおかいつき『推定恋情』

更新日:2014/3/6

いおかいつき『推定恋情』

高級マンションの一室で、住人が胸を刺され死亡した。現場は密室、被害者のそばで発見されたのは、背中を刺されて重傷のフリーライター・小笠原晃司。彼の弁護を担当することになった藤野恵吾は、半年前、偶然見かけた彼とはまるで違う印象に違和感を抱く。他人の恋愛相談に親身になっていた優しげな表情はなく、代わりに浮かべた作り笑顔――その変貌の理由は、事件の真相は、彼の無実を証明したいという、この想いは……?

 

〜1〜

 

 事務所の窓からは東京地方裁判所がよく見える。

 藤野恵吾(ふじのけいご)はコーヒー片手に窓際に立ち、いつものように裁判所を見ながら一息吐いていた。

 今、恵吾がいるのは、霞が関の一等地にある高層ビルの一室だ。この部屋だけでなく、このフロア全体を恵吾が所属するライフ法律事務所が借り切っている。所属弁護士が百人を超える大手事務所でも、個室を与えられているのは、僅か十人余りしかいない。恵吾はその限られた一人だった。

 そんなエリート弁護士という肩書きに、恵吾の容姿はよく似合っていた。百七十六センチの長身に無駄な肉の一切ない引き締まった体は、自分を律することの出来る人間だと印象づけられるし、銀縁の眼鏡もより知的さを醸し出している。さらには人並み以上に整った顔立ちが、恵吾を選ばれた人間であるかのように演出していた。

 恵吾自身、幼い頃から挫折を知らず育ってきたおかげで、エリート意識は常に持っていた。もっともそれを表に出すほど愚かではなかった。相手を立てることも、一歩引くこともできたからこそ、今、この部屋の主でいられるのだ。

 デスクに備え付けられた電話が内線通話を知らせる。恵吾の短い休憩時間は終わった。

『手が空いたら、私の部屋に来てくれ』

 内線をかけてきたのは、事務所の代表である松下昭造(まつしたしょうぞう)だった。来客中でもなければ、待たせるわけにはいかない。

「すぐに伺います」

 恵吾はそう答えてから、すぐさま部屋を出た。

 絨毯貼りの廊下を歩き、フロアの一番奥にある松下の部屋をめざす。その間に並ぶ各弁護士の個室は、松下の部屋に近づくほど、事務所内でのランクが上に設定されている。恵吾も個室を与えられているものの、まだ三十二歳と若いこともあって、他の弁護士に比べると経験も少ない。そのため、今はまだ一番手前の部屋だった。

 

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