官能WEB小説マガジン『フルール』出張連載 【第40回】松本梓沙(原作:冬森雪湖)『失楽園に濡れる花』

公開日:2014/4/1

松本梓沙(原作:冬森雪湖)『失楽園に濡れる花』

院長令嬢で誰もが羨む美貌をもつ英愛(えあ)。豊かで穏やかな日々を過ごしていたが、ある日出遭った妖艶な男によって、すべてを奪われてしまう。愛する父、与えられるはずだった財産、そして彼への恋心と処女さえも。復讐を誓いながら無一文で放り出された英愛に、男たちからの数々の魔の手が襲いかかる。孤独と絶望のさなかで訪れる新たな恋が、さらに英愛を翻弄し――。愛と憎しみが絡み合う、淫靡系サスペンス・ラブ!

 

 アスファルトにひれ伏して見上げたその男は、こわいぐらいに綺麗な顔だちをしていた。

 立ち上がれずにいる英愛(えあ)を助け起こそうもせず、冷ややかな微笑を浮かべている。完全なる勝利をおさめた者だけが持つことを許された笑みだった。

「復讐してやる……」

 英愛にできたのは、男を睨みつけ、怒りの声を絞りだすことだけだった。

 あふれ落ちてくる涙を拭うこともできない。髪をふりみだし、両手を地面についたまま、ありったけの憎しみをぶつける。

 道行く人が珍しそうにこちらを覗きこむが、そんなことも気にできなかった。

 この男にすべてを奪われた。たった一人の肉親だった愛する父を。その父に慈しまれて過ぎていった、穏やかで恵まれた生活を。父から与えられるはずだった財産を。

 そして……処女を。

 何もかもがこの男のせいで変わり果て、あるいは壊れ、もう二度と英愛の手には戻らない。

 男は背を向け、英愛を置いたまま悠然と歩きだした。

「必ず……復讐してやるから!」

 英愛は叫んだ。こんな声をあげたのも、これほどまでの憎しみを誰かに抱いたのも生まれて初めてだった。

 男の歩みが、止まった。

「……おもしろい。ならば、そこから這い上がってくればいい」

 ゆっくりと振り向いた顔には、先ほどよりもさらに冷酷な微笑が刻まれていた。

 切れ長の目がすぅっと細められる。表情が研ぎ澄まされた刃のような鋭さを帯びた。

 美しさと迫力とに圧倒され、一瞬息が詰まる。

「教えてやろう、お前が復讐するべき男の名を」

 英愛は氷の矢で撃ちぬかれたように目を見開いて男を見つめた。これから伝えられることの重みを瞬時に感じとって、唾を飲みこむことさえ忘れる。

 端正な唇が、挑発するようにゆっくりと開かれていった。

「俺の名は……」

 そこから、英愛が生涯忘れることのなかった名がこぼれ落ちた。憎悪とも愛とも判別できない思いを抱いて、追いつづけることになる名が。

 

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エロティックな恋愛小説レーベルフルール{fleur}創刊

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