官能WEB小説マガジン『フルール』出張連載 【第43回】葵居ゆゆ『好きって言うから聞いていて』

更新日:2014/4/23

葵居ゆゆ『好きって言うから聞いていて』

人付き合いが苦手な宇唯達季(うい・たつき)は、往来で派手に別れ話をする男に出くわす。恐怖でその場から逃げ帰る達季だが、なんと男は達季の隣に住む天場帝介(あまば・だいすけ)だった! 「運命だと、思って」――恋愛とセックスを混同する自分を変えたいと、達季の部屋を訪れ協力してほしいと頼む天場。彼に触れられる手の温かさに逆らえず、達季は……。愛ってジョイフルなHだろ? な性欲おばけ男×コアラになりたい潔癖症、ふたりが辿りつく愛のかたちは?

 

 童顔だ、ということくらいわかっている。

 わからないのは、なぜそれを理由に、あかの他人に帰宅途中のくたびれた新幹線の中で説教をされなければならないか、ということだ。

(ぜんっぜん、理解できない)

 むかむかした気分にまかせて、宇唯達季はいつになく大股早足で駅からの道を歩いていた。長すぎる前髪が歩くたびにふわふわ揺れる。

 金曜日だ。壊滅的に人づきあいの苦手な達季にとって、一週間は長い。まだ慣れきらない職場での勤務の疲れに加えて、自分で選んだとはいえ片道二時間の通勤疲れ。それだけでもしんどいのに、今日はあろうことか、帰りの新幹線の中で酔っぱらったサラリーマンに絡まれた。「んん? にーちゃん細いなあ、もう社会人ならちゃんと食わないと、食わないからそんないつまでも顔が子供なんだぞワハハ」と隣の席の恰幅のよすぎる男に言われたときは、いっそ新幹線を飛び降りたかった。酔っぱらいなんか大嫌いだ。滅びればいいのに。

 静岡駅から東京駅までの約一時間、延々と息子の愚痴だか説教だか判然としない話をだらけた口調で聞かされて、喉をかきむしりたいくらい不愉快で、くたびれた。今すぐシャワーを浴びてベッドに倒れ込みたい、と思いながら、達季はふらふらといつも寄るコンビニを目指した。面倒だけれど、明日の朝食べるヨーグルトだけは買って帰らないと、家にはなにもない。

 食べずにすめば楽なのに、と大きすぎる眼鏡を押し上げて煌々と明るいコンビニに入ろうとしたとき、道の先から「どうしてだよ!」と怒鳴り声が聞こえて、達季はびくりとした。

 反射的に逃げるようなポーズになって、おそるおそる窺うと、ちょうど街灯のあたりからこちらに向かって、亜麻色の髪をした綺麗な男が迷惑そうな顔で歩いてくるところだった。後ろから、その男よりも背の高い、これまた険しい顔の、どことなくラテンっぽい雰囲気の男が追いかけてくる。夜でもわかるほど派手なはっきりした顔立ちで、やや厚い唇が印象的だった。

「なあってば、待てよ」

 よく通るラテン系男子の声に、亜麻色のほうがちっ、と舌打ちして、達季はつい首を竦めた。派手な見た目の人間自体苦手だし、喧嘩とか暴力とか言い争いとか、激しいことも一切合切苦手だった。

 絶対にかかわりあいたくない、と思ったが、彼らの険悪な雰囲気が怖くて動くのも躊躇われる。早く通り過ぎてくれないかな、と俯くと、男たちは達季まで数歩、というところで立ち止まってしまった。

「ほんっと、ダイスケってしつこい! そのしつこいのがやだって言ってんの!」

 気の強そうな亜麻色氏が、触らないでよね、と手をはねのけるのがわかる。喧嘩とかどうしてするんだろうみんなおかしいよ、と思いながら、達季はそろそろと後じさった。あと一歩で自動ドアが開く。その音で二人がこっちに注目したりしませんように、と願いながら体重を移動しかけたとき、

「フェラはねちっこいのが好きだって言ったじゃん!」

 ぎょっとするような単語を大声で叫ばれて、達季は再び固まった。

「ばっかじゃねえの、それとこれとはべつでしょ!」

「なんだよ、おまえだって最初喜んでただろ、だから俺も頑張ってさあ、毎回ちゃんとくわえてやったのに!」

「だから、そういうとこ! 押しつけがましいのが嫌なんだよ!」

 ああ、信じられない。

 喧嘩する時点で達季の理解の範疇を超えているのに、彼らときたら、公衆の面前だというのにあんな単語を使って破廉恥な会話をするとか。

(理解できない……もうやだ)

 今日はついてない、と思いながら、達季は決死の覚悟で足を踏み出して自動ドアを開けた。ドアの開閉を知らせるのんきな音がやたら大きく響いたが、喧嘩していた二人が達季のほうを見たかどうか、確認する余裕はなかった。絡まれたら困るから、少しゆっくり買い物しよう、と達季は決めた。

 

2013年9月女性による、女性のための
エロティックな恋愛小説レーベルフルール{fleur}創刊

一徹さんを創刊イメージキャラクターとして、ルージュとブルーの2ラインで展開。大人の女性を満足させる、エロティックで読後感の良いエンターテインメント恋愛小説を提供します。

9月13日創刊 電子版も同時発売
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