官能WEB小説マガジン『フルール』出張連載 【第45回】斉河燈『恋色骨董鑑定譚~クラシック・ショコラ~』
公開日:2014/5/6
斉河燈『恋色骨董鑑定譚~クラシック・ショコラ~』
こじらせていた処女を捧げ、骨董鑑定士の有礼さんと結ばれた私・夏子。幸せな同棲生活を送っていたある日、ホテルの管理部長をする筧雅臣さんから「僕のところへ来てほしい」と求愛される。依頼内容は大正創設のホテルの建て直し。だけど筧さんからのアプローチはどうにも色っぽいし、有礼さんの様子もなんだかおかしい――!? 大人気シリーズ第2弾、開幕★
いつの間に春は肌に馴染んでいたのだろう。
居間の南の壁の中央、戸棚をよけてかけられたカレンダーを破ると、待ち構えていたのは数字の『4』だった。背筋の伸びたそのた
たずまいは冬の名残りを見事にふっきっているように見えて、わたしは頬を緩めつつ手の中の三月へ視線を落とす。
『4』は春本番を思わせる形だけれど、春を連れてくるのは『3』だと思う。
もしも指先で上下を押さえたとしたら、跳ねて逃げ出してあちこちをきっと飛びまわる。ぴょんぴょんと楽しげに、まろやかな体をばねにして。うさぎのような、小鳥のようなその仕草には、うぶで柔らかい色の背景が似合う気がして、想像するとわたしの中の春はますます息吹く。
――いい季節だな。
過ぎ行く三月を浮き立つ気持ちで丸めていると、真後ろから呼ぶ声がした。
「おい、夏子(なつこ)」
いさめるような低い声だった。
「家の中で道草を食うなどという器用な芸当はやめなさい」
筒状にしたカレンダーを手に振り返ると、囲炉裏の向こう、縁側から斜めに顔をのぞかせている彼と目が合う。障子戸に阻まれて全体はうかがえないけれど、座布団に座ったまま体を捻って振り向いているらしい。無理な格好には痺れを切らした様子が滲んでいて、わたしは思わず肩をすくめて苦笑してしまう。
「……すみません、三月が今日で終わりだって気付いたら、つい」
カレンダーを捲ってしまったわけだけれど、わたしはコーヒーを運んでいる最中なのだった。自分から淹れてきますと言って台所へ向かったくせに、うっかりしていた。
「つい、じゃないだろう。まったくおまえは相変わらず、いっぽうに気を取られるともういっぽうをぽかんと忘れてくれる。実に鮮やかだ」
「でも、冷めるほどの時間は経過してないと思うんです」
「私は淹れたての熱いやつが好きなんだよ。夏子の猫舌と一緒にするな」
「わかりました。淹れ直してきます……」
責められていると思ってしゅんと肩を落とすと、焦れったそうに手招きされた。
「いい。いいからほら、早く持ってこい」
急かされて、わたしは戸棚の上に手放しておいたトレーを縁側へと運んで行く。
庭に向かって正座し直した彼の細い体には、繊細な縦縞模様の和服がよく似合う。グレーの羽織と合わせて古民家の雰囲気にもしっくりくる。
コーヒーの入ったカップとソーサーを手渡すと、
「そこへ座れ」
示されたのは左隣の座布団だった。ちょうどストーブと彼の間だ。
トレーを座布団の前に置き、わたしはロングニットとデニムパンツ姿で腰を下ろす。着物をお休みしてカジュアルな服装をしていたのは、自転車でコンビニエンスストアにでも行こうと思っていたからだ。
仲居を生業とするわたし、碓井(うすい)夏子が彼、津田有礼(つだありのり)さんの家に越してきてから、もうすぐ三ヶ月が過ぎようとしている。二十八まで処女だったわたしには恋人ができただけでも奇跡のようなのに、一緒に生活しているなんて今でも夢みたいだと思う。
引っ越しがしたい、津田さまと一緒に住みたいと言ったとき、住み込み先の旅館・鐘桜館(しょうおうかん)の女将は目を丸くしていたっけ。
2013年9月女性による、女性のための
エロティックな恋愛小説レーベルフルール{fleur}創刊
一徹さんを創刊イメージキャラクターとして、ルージュとブルーの2ラインで展開。大人の女性を満足させる、エロティックで読後感の良いエンターテインメント恋愛小説を提供します。