官能WEB小説マガジン『フルール』出張連載 【第48回】川琴ゆい華『宵越しの恋』

公開日:2014/7/1

 ここは、教室というガラパゴスだ。九メートル四方の狭い世界は、そこでだけ蔓延する独自のルールによって成り立っている。

 殴るとか蹴るとか、金をたかるとか、目を背けたくなるほどの壮絶ないじめはこの教室に存在しない。けれど、とても静かに、しかし確実に、異端と判定された者をさりげなく排除して、誰もが己の安定した学校生活を維持しようとする。ガラパゴスで平穏に生きるために。

 深尋はメールを読み返し、『ホモ平』と書かれた文字に、再び胃酸が逆流するような苛立ちを覚えた。

 准平のことはきらいだし、近付きたくないけれど、こういうあだ名をつけて呼ぶやつのほうがよっぽど腹が立つ。だけどその感情をそのまま児島にぶつければ、今後の学校生活が面倒になるだけ。だから、そのメールを即削除することで、ささやかに反逆した。

 中高一貫教育――つまり、六年間をともに過ごさなければならない仲間だという意識が、事なかれ主義を助長している。比較的裕福な家庭環境のためか、親の メンツを気にしたり、有名大学への進学の妨げになってはならないと、人の顔色を窺い、周囲の状況を見極めることにみな敏感だ。

 深尋もそういう平均的な生徒のひとり。そして、件の糀谷准平は、周りに流されず飄々としていて、集団で行動することに安心感を覚える深尋とは対極にいる。

 准平は中学のときからすでに何かを達観したみたいな凛とした佇まいで、特別なパフォーマンスをするわけでもないのにやたら目立っていた。ひとりだけ温度の低い空気を纏っているような、一段高い場所に立っているような、とにかく独特の雰囲気なのだ。

 群れに属さず、高校生になった今でも、准平はあいかわらず自分の世界を貫いていてブレない。それに輪をかけて、どうやら同性愛者らしいという噂が、ます ます准平を孤独にしている。しかも、准平は深尋のことを好きらしい、との勝手な噂が中学の頃からあって、今や誰もが信じて疑わない公然たる事実のような扱いだ。

 それを言い出したのは児島だった。中学二年の春、「深尋と一緒にいるとき、糀谷からの視線を感じる」と言ったのが発端で、以降も「授業中にちらちら深尋を見てる」とか「登下校時に気付けば、深尋の後方を歩いてる」など、難癖ともいえる主張を続けていた。

 児島が急にそんなことを言い出した理由は、すぐ分かった。当時付き合っていた児島の彼女が同じ塾に通う准平を好きになり、一方的にフラれたのを逆恨みし たのだ。その彼女は准平に告白したものの成就せず、すると児島が「糀谷が深尋を見てる」との主張を始めたのだからあからさまだ。

 准平を八つ当たりの標的に仕向け、深尋はそのとばっちりを食ったことになる。からくりに気付いていても、それを児島に面と向かって指摘する者はいない。

 人の性癖など知ったことではないが、自分の身に降りかかるのは別問題だし、風下にいたというだけで火の粉がかかるのは堪ったものではない。しかも、自分に好意を向けているかもしれない男――それがあの准平だなんて。

「准平に見られてる」と知らされてからは、逆に深尋のほうが気になり始めた。でも実際には児島に言われるほど准平とは目が合わない。気のせいなのか確認したくなるから、むしろ深尋が過敏になってしまったくらいで。

 准平が背後にいるというだけで、全神経が背中一面に集中するようだった。視界に入っていなくても、まるでアンテナをそちらに向けたみたいに、ぼそりと誰 かに返答する准平の声を耳が拾う。「おい、俺の話聞いてんの?」と児島に言われてはっとして、自分の意識が准平にばかり向いていることに気付かされたりする。

 

 

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