官能WEB小説マガジン『フルール』出張連載 【第50回】中島桃果子『甘滴恋情事(あまだれこいじょうじ)』

公開日:2014/7/17

【第一帖】 艶芳秘湯(つやのかひとう)

 

「ほう、新店舗を。よほど雨滴が繁盛していると見える」

 藤田春伊(ふじたはるい)は、煙草の煙をくゆらせながら君志乃を見た。久しぶりに本郷にある、先生の自宅兼アトリエにお邪魔している。君志乃は答えた。

「先生、繁盛というほどのものではありません。それに今回たまたま、お話を頂いたんですよ。新橋の近くでちょうどいい大きさの箱が空くからやってみないかって」

「不景気でどこも店の入れ替わりは激しいな。そんな中で男の失脚を食い物に新しい店を産む。君はカマキリのような女だね」

 先生の冗談に君志乃は笑った。

「その“カマキリ”を毎度縄で責めあげているのは先生じゃありませんか」

「いかにも。そうであったね」

 君志乃の言葉に先生も笑った。

「して、名前はなんとするんだい?」

「『雪溶(ゆきどけ)』と考えております」

 先生の目の奥がきらりと光った。

「『雨滴』と『雪溶』か。趣があっていいね」

 君志乃は頭を下げた。

「その『雪溶』にふさわしい大きな責め絵を、先生どうぞよろしくお願いします」

 先生はまた笑った。

「いいがね、君、雪の中の責め絵は寒いよ、ねえ」

 お茶を出しに来た、先生の奥様が、先生に話をふられて微笑んだ。

 帰り道、君志乃はどことなく胸のざわめきを覚えて落ち着かなかった。

 それは胸騒ぎ、というような悪い感じではなく、恋煩いに近いような、すこしのぼせるような感触であった。

 誰にも恋をしていないのに気持ちが悪いな、君志乃はそう思った。

 恋はしていないがざわめきの原因はあった。先生が最後に口にした男の名前である。

 君志乃は手をあげて黒い円タクを呼び止めた。市内ならどこでも一円で行ってくれるこの車はとても便利だ。

 男の名前は、粋元硯(いきもとすずり)と言った。

 粋元 硯。

 なぜまだ会ったこともない男の名前で胸がざわめく必要がある? 合理的じゃないわ。

「京橋まで」

 そう言って乗り込んだ君志乃はとりあえず男のことを考えるのをやめた。

 

 

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