【第17回】マンガとアニメの海賊版は駆逐できるのか?――MAGの取り組みを聞く

更新日:2014/11/8

 海外でも人気が高まる日本のマンガやアニメ。ところが、日本にいるとなかなか実感が持ちにくいのですが、海外ではその海賊版が多く出回っています。その背景には、海外ではなかなか正規品が手に入らない、という実態も。海賊版の問題点や、その対策を行っているMAG(マンガ・アニメ・ガーディアンズ)という取り組みについて、本取り組みを担当する、経済産業省メディア・コンテンツ課の中井健太さんと、MAGの事務局を務めるコンテンツ海外流通促進機構(CODA)の常務理事・永野行雄さんにお話しを聞きました。

――日本にいるとあまり実感がわかないという人も多いと思います。マンガ・アニメの海賊版の被害額はどのくらいなのでしょうか?

中井文化庁の平成24年度調査では、中国主要都市での日本コンテンツの被害額は年間約5,600億円、経済産業省の平成25年度調査での米国におけるマンガ・アニメのオンライン海賊版の被害額は2兆円と推計(※1)されています。

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――その海賊版の被害に対してMAGは具体的にどのような取り組みを?

永野1年前に、経済産業省の呼びかけに賛同したマンガを扱う出版社と、アニメ関連企業15社が集まって「マンガ・アニメ海賊版対策協議会」という団体を設立しました。実は、マンガとアニメの会社が一緒に海賊版について考えるというのは、これが初めての機会だったんです。マンガとアニメは別々ではなく、一緒に対策を取らないといけない。そして、増え続ける海賊版へ対応するには、国とも協力し、業界横断的に一斉に行った方が良いという方向が打ち出されたのです。

 

――海賊版対策にそれほどまでの規模感が求められるのはなぜなのですか?

永野国内であれば警告書を送ったり警察に訴え出ることで、侵害行為を止めることができますが、海外の場合は、国ごとに調査会社に詳細を調べてもらったり、弁護士を雇ったりと非常にコストが掛ります。そもそも、サービスの提供国・地域と、その運営事業者の所在地が違っていることも多く、誰がその侵害行為を行っているかの特定も難しい。

さらにネットの場合ですと、いくら1つの侵害を止めてもそのコピーは次々に現れますし、仮にあるサイトに1000以上の作品が違法に公開されていた場合、その中の十数作品を削除させても、ほとんど全体には影響がないということにもなってしまいます。マンガとアニメ、複数の会社がタイミングをあわせて、一斉に行うことではじめて効果が期待できるのです。

アニメについては、世界規模でみると約30サイトが主要な海賊版配信サイトで、海賊版全体の9割くらいがそこに集まっている状況です。ところが、マンガについてはP2Pサイトやファイル共有サイトをはじめ個人サイトも含めると膨大な数の違法配信の場があるので、それらをしらみつぶしにあたるのはやはり1社単位では難しいということになってしまいます。

――実際のところ効果はどのくらい出そうなのでしょうか?

中井この規模での海賊版対策は初の試みとなりますので、その効果を確認し、今後に活かしていくための取り組みでもあります。

永野来年の3月末でこのプロジェクトは一旦完了となります。プロジェクトは3本柱で実施しており、それぞれ期間を区切ってその効果を評価する予定です。

まずは、8月からスタートした「海賊版の大規模削除」、月ベースでも何十万件という規模で働きかけ(削除要請)を行うものですが、これは年内一杯行います。そして違法サイトから公式サイトへの「正規版への誘導」、そして正規版の利用を促す「普及啓発活動」の2つは、来年の3月末まで継続します。

この削除要請は、告訴などに比べると強制力は弱いのですが、米国のDMCA(デジタルミレニアム著作権法)に「侵害行為が発生した際、その著作物を削除すれば、免責される」という規定がありますので、それに従う事業者が多いですね。まさに要請に対して、実際にどのくらい削除が行われるのかは、これからその効果を確認していくことになります。

――海外で作品に触れる機会や場所が少ない中、ネット上では、「海賊版があるから、作品を知ってもらうことが出来ているのでは?」という疑問の声も上がったのも事実です。それについては?

永野たしかにそういう面も否定はできません。しかし、実は海外でも正規版の作品を楽しんでもらうことのできるサービスはここ数年で整備されてきています。海賊版では翻訳のクオリティが必ずしも著者や権利者が期待できるクオリティに達していない、という例も散見されます。

そこで、一斉削除の取り組みと並行して、こうした正規版への誘導を図る特設サイトを用意しました。

今回、違法配信サイトに削除を働きかける作品のリストを、参加企業からお預かりしています。その際、あわせて、ユーザーに利用してもらいたい配信サイトや販売サイトも教えて頂き、この特設サイトで告知・誘導を図るようにしているのです。

もちろん、全ての作品が海外で正規に提供、販売されているわけではありませんが、まずは、公式に作品を楽しめる場所があるということを知ってもらうのが大切だと思います。そうすることで、そういった場に作品を提供しようという動きを後押しすることになるからです。すでに、海外のユーザーから「この作品も正規版で配信して欲しい」といった問い合わせも数多く寄せられています。

中井平成25年度にアメリカで行った調査 では、条件が満たされれば正規版にお金を払う意向のあるユーザー(マンガのヘビーユーザー)は90%を占めました。アニメについても87%となっており、かなり高いと言えます。


平成25年度知的財産権ワーキング・グループ等侵害対策強化事業(コンテンツ海賊版対策調査)

永野完全にイコールではないかも知れませんが、仮に正規版があれば、その規模でのビジネスも成立することが期待できます。我々としては今回の取り組み(海賊版の削除→正規版への誘導)を通じて、そのモデルケースを示すことができればと思っています。

また、これは今回のMAGの取り組みからは少し外れますが、CODAでは海賊版サイトの正規化への働きかけも行っています。削除要請をきっかけに、事業者に対しても正規ライセンスを受けた方が、メリットも大きいということを理解してもらったり、日本の権利者とのマッチングの場も用意するといったことを続けてきました。実際そうやって、正規版の配信を海外の事業者が始めれば、その国での他の海賊版サイトは勢力を失っていきます。

これまではこういった取り組みはアニメが中心だったのですが、今後はマンガについても、今回MAGで拡がった部分をそういった「次の段階」へと進化させることにもチャレンジしていきたいですね。

――アニメに対して、マンガの方がそういった段階に進むのに時間が掛った理由というのは何なのでしょうか?

永野アニメの場合、配信の権利をもっている会社でこういった取り組みに参加するか否かという判断を行うことができます。一方で、マンガや本の場合は、電子書籍の権利(出版権)は著者が保持していますので、海賊版対策についても出版社から1つ1つ確認が必要です。どうしても、スピードが遅くなってしまうのはやむを得なかったと思います。

来年1月から、電子書籍の出版権が一定の条件の下、出版社も保持できるよう著作権法が改正されました。その後は、こういった取り組みへの参加や対応のスピードアップが期待できるはずです。

――「海賊版の大規模削除」「正規版への誘導」とお話しを伺ってきました。最後の「普及啓発」については、YouTubeにアップロードされた映像が話題となりました。


 

永野お陰様で世界中の沢山の方に観て頂いて嬉しく思っています。

もともとのコンセプトとしては「権利者が海賊版はダメだ、と言うのではなく、一緒に作品を守って欲しい、という呼びかけをしよう」という狙いがありました。マンガやアニメのファンが、海賊版を利用しない(おカネが正規品に回るようにする)ことによってコンテンツを守り、次の作品作りのチャンスが生まれていく。そのために一緒に考え、行動して欲しい――そんなメッセージを伝えたかったんです。

それは端的に言えば「作品を愛してくれる」ということです。だからその愛に対して、感謝の気持ちを、作品の登場人物たちが作中で述べた「ありがとう」という言葉を通じて伝えようと。実際、映像をつくった博報堂のチームは、候補作品を全て見返して、そこから権利を持っている会社に1つ1つ許諾をとっていきましたので、大変でしたが(笑)。

現在この動画はYouTubeだけでなく、MAGの取り組みを説明する映像を付ける形で世界各地で行われているマンガやアニメのイベントでも上映しています。YouTubeへのコメントも、もちろん「削除だけで無く正規版の配信を」というお叱りの声もありつつも、応援する声もあり、その反響の大きさにまず驚いているというところですね。

――そこで、まずはこの取り組みに海外からも注目が集まり、何よりも、「作品を愛するためにはどうすればいいのか」という議論が始まることが大切ですね。

永野MAG以前から海賊版対策を続けてきた私たちも、これだけ多くの「ユーザーの声」と向き合う初めての機会になりました。そして、この議論は是非国内でも盛り上がると良いなと思っています。

というのは、海外の海賊版の起点はやはり国内なんですね。アニメなら放送直後、マンガなら雑誌販売直後に、そのコピーが違法にアップロードされていて、それが海外にも海賊版として流れていっているという現実があります。だから、国内のファンの方にも投稿はもちろんですが、そういったものを見ない、利用しないということをお願いしたいと思います。(注:2012年10月より違法にアップロードされたと知りながらそれをダウンロードすると刑事罰が課せられるようになった)それが結局は、新しい作品が生まれ、日本や海外で愛され続けることにつながっていくからです。

――ネットの時代になって、コンテンツを見るだけでもサイト運営者には広告収入が入ってくる。それが本来コンテンツを生み出した人たちに還元されないというのは、たしかに新しい作品を生み出す力を削いでしまうことになりますね。MAGの成果にも期待していたいと思います。本日は有難うございました。

■お話を伺った方々


中井健太さん(経済産業省メディア・コンテンツ課)

永野行雄さん(コンテンツ海外流通促進機構・常務理事)

取材・文=まつもとあつし


(※1)文化庁調査による推計(2013年発表)
平成24年度文化庁委託調査海外における著作権侵害等に関する実態調査(中国)

・経済産業省調査による推計(2014年発表)
平成25年度経済産業省委託調査コンテンツ海賊版対策調査

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