官能WEB小説マガジン『フルール』出張連載 【第59回】草野來『快感★ラブ・マッサージ~美容師の指でふれられて~』

公開日:2014/10/7

草野來『快感★ラブ・マッサージ~美容師の指でふれられて~』

イケメン美容師・花邑洋さんと出会って5年。ひそかに恋をしていた私・希羽は、想いを伝えられないままカットモデル最後の日を迎えた。いつもと同じシャン プー、そしてマッサージ。器用な指に首すじや秘密の性感帯を揉まれて、いつものように“感じて”しまうのを必死に隠す。なのに彼は、仕上がりを確認しながら私の耳を指で愛でるように挟み、上を向かせ、色っぽい表情で目を見つめてきて――。

 

「髪が伸びたね」

 花邑(はなむら)さんは私と会うといつもまず、髪の毛に目を向ける。前回カットされたのが、まだ夏服のときだったから……そう、約半年ぶりの再会だ。

 来週からはもう三月だ。大学の中に身を置いていると、どうしても一年の終わりは十二月ではなく三月、という感覚になってしまう。

「今年になってから希羽(きわ)ちゃんと会うのは初めてだね。明けましておめでとうございます」

「あ、おめでとうございます」

「それと、助教就任、おめでとうございます」

「よ……花邑さんこそ、二号店を任せられることになったそうで、おめでとうございます」

「ありがとうございます」

 四角い箱のようにこぢんまりとしたサロンの一角。待ち合いスペースの椅子の一つに私は座って、花邑さんは床に膝をついて、互いにおめでとうを言いあった。

 花邑さんは長身なので、跪いても目線の位置は私とさほど変わらない。

 すっとした一重まぶたに、ほどよく整った顔の線。紅茶色のやわらかそうな髪は男性にしてはやや長めだけれど、軽くパーマがかけられて、ふんわりとあたたかそうな、いかにもこの人にぴったりという感じがする。

 ざっくりしたボタン付きのパーカーに白いシャツ、黒のボトムスという服装もまた、ほどよくオシャレでほどよくカジュアルだ。雑誌に紹介されることもあるサロンの美容師さんにしては、花邑さんにはかまえた感じがない。アシスタントさんよりもラフなくらいの格好だ。

「ようさん、お先に失礼します。希羽さん、どうぞごゆっくり」

「はい、お疲れ。気をつけて」

 アシスタントの男の子が花邑さんにあいさつして、私にも声をかけて帰っていった。

〈美容室Cor コル〉のスタイリスト、花邑洋(よう)さんは、お店のスタッフや指名のお客さんたちからは「洋さん」と呼ばれている。だけど私の耳には「洋さん」ではなく、いつも「ようさん」と聞こえる。漢字よりも平仮名のやわらかい響きの方が、花邑さんにはあってるように思われるから。

 もっとも、私自身は彼のことをとうとう名前で呼ぶことはなかったけれど。

「さて、今日はどうしましょうか」

 前回のカットの面影はほとんど残っていない。きれいな形のボブヘアにしてもらったのに、いまや肩先まで隠れるくらいの野放図なミディアムになっている。

「これからは“杉野(すぎの)先生”と呼ばれるようになるんだから、先生っぽい感じにしようか?」

 伸びっ放しになった耳元の髪を指先でかき上げて、花邑さんは微笑を向ける。気安い仕草だけどなれなれしくはない。花邑さん独特の、相手を安心させる手つき。この手にふれられるのもこれが最後かもしれないと思うと、少しさびしい。

「希羽ちゃんには長いことカットモデルをしてもらったからね。今日は最後だから希羽ちゃんお好みのカットにしますよ」

「あ、嬉しいな。サンパツ代、得しちゃった」

 弾んだ声で答えつつ、やっぱり花邑さんも今回で最後と考えているんだな、と了解する。

「まずシャンプーしようか」

 シャンプー台へ移動して、仰向けにされて顔の上に薄い布をかぶせられた。温かいシャワーと、いい匂いのするシャンプー。長い指が丁寧に髪をかき分けて、もしゃもしゃと泡立てられる。

「お痒いところはございませんか~」

 鈴を転がすような軽やかな口調の決まり文句に、笑いをこらえて返事をする。

「ございません」

「熱すぎたり、ぬるすぎたりしてませんか?」

「していません」

 いまでこそぽんぽん言葉を返せるけれど、初めて花邑さんにシャンプーされたときはろくに返事もできなかった。初めてカットモデルなるものにスカウトされて、初めて男性美容師さんに対応されて、がちがちに緊張した。

 五年前、二十三歳のときだった。

 当時の私は大学院に進んだばかりで、少しでも早く周囲に追いつくため、四六時中勉強していた。ある日、電車の乗り換え途中に歩きながら資料を読んでいて、改札の手前でぼすんと大きなものにぶつかった。それがこの人、花邑さんだった。

 

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エロティックな恋愛小説レーベルフルール{fleur}創刊

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