官能WEB小説マガジン『フルール』出張連載 【第68回】久我有加『少女漫画家は恋をする〜くっつきたいし甘えたい!〜』

公開日:2014/12/23

 からかう物言いに、優人は頬を染めた。

 初めて健太と顔を合わせたのは、約一年前。今日のように急に気温が下がった、ある秋の日のことである。優人は締め切り明けのよれよれの状態で『なごみ』を訪れた。そこで作業着姿で黙々と日本酒を飲む健太に一目惚れしたのだ。美容院に三ヶ月も行っていなかったこと、そして着古したジャージで店に来てしまったことを死ぬほど後悔した。

 僕のバカ! こんな恰好じゃ恥ずかしくて話しかけられないじゃないか!

 しかし色褪せたジャージを着て耳まで真っ赤になった優人に、健太は好印象を抱いたらしい。彼の方から話しかけてきてくれた。優人が年上だと知って、慌てて敬語を使おうとした健太に、真面目な人だなあとますます好感を持った。そうして『なごみ』で何度か顔を合わせるうちに、口数は少ないものの優しくて誠実なところに惹かれていった。

 告白したのは優人だ。僕と付き合ってくださいとストレートに言うと、健太はあからさまに狼狽え、すまん、と謝った。その瞬間、目の前が真っ暗になった。健太君も僕のこと好きになってくれてると思ってたけど、やっぱり男に告白されるのは嫌だったんだ。泣きそうになった優人に、違う違うと健太は慌てたように首を横に振った。おまえに言わせて悪かった。俺が言うべきだった。俺と付き合ってください。その言葉が嬉しくて嬉しくて、結局泣いてしまった。

「ケンちゃん、浮気してるわけじゃないんでしょ。真面目に仕事してるんだから、あんまり無理言っちゃだめよ」

 女将の諭す物言いに、わかってるよ、と返した口調は、我ながら子供っぽい拗ねたものになってしまった。確かに健太は、優人が今まで付き合ったどの恋人よりも誠実だ。他の男に見向きもしない。

 しかし週に一度会えれば良い方で、一緒にいられる時間は限られている。メールも電話も圧倒的に足りない。

 健太君が僕を好きなのは本当だろうけど、僕が健太君を好きなほどには好きじゃないんじゃないかな……。

 寂しさのあまり後ろ向きな思考に陥ったそのとき、店の引き戸が開いた。顔を覗かせたのは、今まさに話題にあがっていた健太だ。

「健太君!」

 思わず呼ぶと、作業着の上にジャンパーを羽織った健太は笑みを浮かべた。日に焼けた肌に白い歯が映える。その笑みを向けられただけで胸が高鳴った。

「よかった。まだいたんだな」

 言いながら隣に腰かけた健太に、いそいそと声をかける。

「お疲れ様! 帰って来れたんだ」

「ああ。大きい山をひとつ越えたから」

「じゃあもう忙しいのは終わり?」

「いや、ひとつ越えただけだからまだ終わりじゃない。前にも言ったけど、工期はあと三年残ってるからな。女将、かつ丼と里芋の煮物ください」

 はぁい、かしこまりました、と愛想よく応じた女将とは反対に、優人は肩を落とした。

 健太が造っているのは大きな橋だ。ちょっとやそっとで完成するものでないことは理解できる。しかし感情が納得しない。

 また会えない日が続くんだ……。

 目の前に健太がいるというのに寂しくなってしまう。本当は毎日会いたい。できるだけくっついてすごしたいのを我慢しているのだ。

「優、元気ないな。大丈夫か?」

 心配そうに覗き込んできた精悍な面立ちに、優人は焦って頷いた。

「大丈夫、元気だよ。来月の原稿はもうあげたし、次の締め切りはまだ先だから」

「そうか。優も忙しいもんな。無理すんなよ」

 うん、と優人は頷いた。優しい眼差しに胸が熱くなる。

 やっぱり僕は健太君が大好きだ。

 
 

 『なごみ』を出て二人で向かったのは、優人の仕事場兼自宅になっているマンションだ。

 作画作業の大部分をデジタル処理するようになったため、専属のアシスタントはおらず、締め切り前の数日間入ってもらうだけだ。従って今、マンションには誰もいないから気を遣う必要はない。加えていつ健太が来てもいいようにきちんと掃除をしておいたので、慌てることはなかった。

 リビングに入って二人きりになると、優人は我慢できずに健太に飛びついた。健太は笑いながら、しかししっかり受け止めてくれる。

「どうした、優」

「すっごく会いたかった」

「そんなにか? 二週間前にも会っただろ」

 たったそれだけ、という物言いに、優人は健太のひきしまった体にしがみつきながらも口を尖らせた。

「二週間じゃないよ、十六日! 十六日も会ってなかったんだからね。メールは一昨日からきてないし、今日も連絡ないから来ないかと思った」

「メールするより直接なごみに行った方がいいと思ったんだよ。悪かった」

 謝った唇が、ちゅ、と尖らせた唇にキスをしてくる。嬉しくてキスを返すと、たちまち口づけが深くなった。

 

 

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