官能WEB小説マガジン『フルール』出張連載 【第73回】三津留ゆう『お嬢様小説家のキケンな同居生活~過保護執事に愛されて~』

公開日:2015/2/3

 「僭越ながら、お嬢様」

 久我城のやわらかなテノールが、私の耳に心地よく流れ込んでくる。

 彼はとっても耳がいいらしく、電話で私が話している人の声をすべて聞き取れてしまうのだそうだ。内緒話をするように、耳もとに唇を寄せてささやく。

「早瀬様は、未婚の男女が生活をともにすることを問題視されているのではと存じます」

「ああ! そういうこと!」

 私はぽんと手を打った。

 そういうことなら、私にもわかる。私の書く恋愛小説でも、王道のパターンだ。

 ひょんなことから、ヒーローとヒロインは同居生活を強いられる。始めは反発していたふたりだけど、暮らしをともにすることで、いつしか理解し合うようになる。おたがいに大切な存在であることに気づいたふたりは、誰にも邪魔されない愛の巣で、あんなことや、こんなことを……。

「いかがなさいましたか、お嬢様?」

 あらぬところまで妄想が──いや、構想が広がっていた。はっと我に返ると、久我城の顔が目の前にある。

「きゃああっ!?」

 眼前に迫る久我城の端整な顔立ちに、とっさにヒーローを重ねてしまった。すっかりヒロインになりきっていた私は、かあっと頬を熱くしてしまう。

「あ、ああああり得ませんっ! 久我城は執事です、執事はいつでも主人の側にいるものです!」

 きっと赤くなっているだろう頬を、久我城に見られたくなくて、思いっきり顔をそらす。

「は……早瀬さん! いじわるを言うのはやめてください!」

『へえ、意地悪だってさ。かーわいいなー』

 けらけらと笑う早瀬さんの声に、私は携帯電話を握りしめた。

 こうなったのも、早瀬さんが変なことを言うからだ。私は無理矢理、当初の目的に話を戻した。

「そんなことより、お打ち合わせの日程です!」

『そうだ、ごめんごめん。じゃあ再来週の水曜日、十三時からでどう?』

「再来週の水曜日、十三時ですね。久我城、どうかしら?」

 久我城を振り返ると、彼は「可能でございます」と頷いた。私のスケジュールは久我城がすべて把握し、管理してくれている。

『場所はどうする? 俺が行こうか、明乃ちゃんち』

「いえ、編集部までおうかがいします。そのために家を出てきたんですもの!」

 私はぎゅっと携帯電話を握りしめた。

 両親に管理された屋敷では、自由に外出するなんて不可能だった。でも、やっとこうして、ひとりで外に出られるようになったのだ。

 新しい冒険に漕ぎ出す船に乗り込んだ、主人公みたいな気分だった。自分でいろんなところへ出かけていって、たくさんのものを見たり、聞いたりしてみたい。

 けれどお父様は、私がこうして冒険したがるのを心配していたのだと思う。今朝、私が家を出るときに、久我城にすがって訴えていた。

「久我城、娘を頼むぞ。明乃の気が済むまで、執筆活動を支えてやってくれるように」

「はい、旦那様」

「それからな、明乃が悪い男にぺろりとやられてしまわんように、おまえがよくよく見張っていなさい」

「もちろんでございます、旦那様」

 久我城は手のひらを胸に当て、お父様に向かってうやうやしくお辞儀をした。それから……久我城は、続けて何か言っていた気がする。何て言ってたんだっけ?

『じゃあ、打ち合わせまでに原稿よろしく。次作も期待してるよ、明乃先生』

 受話口から早瀬さんの軽妙な声が聞こえてきて、私はあわてて返事をした。

「がんばります。それでは」

『あ、そういえばさ、再来週まで会えないってのも何だし、プライベートで食事でもどう? 最近、いい店見つけちゃってさ……』

 早瀬さんがうきうきと話し始めたところで、背後から伸びてきた腕に、ひょいと携帯を取り上げられた。

「久我城!」

「日程のお打ち合わせは、終了なさいましたね」

 彼はにっこりと笑いながら、終話ボタンをタップした。

「用件がお済みでしたら、ご執筆に取りかかられたほうがよいかと存じますが?」

 おしゃべりは終わり、とでも言うように、久我城の人差し指が私のくちびるに触れる。

 ああ、そうだ、と、私は思い出す。

「僭越ながら私が」

 あのとき、お父様の前で、久我城は胸に手を当てて言ったのだった。

「明乃様を、悪い狼から全力でお守り申し上げます」──と。

 

 

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