【第壱食】ちっちゃな頃からこの味育ち。笹塚のノスタルジック・ラーメン「福寿」

オヤヂ食堂

2015/2/6

とある雑誌連載で知り合ったアラフィフのオヤヂ3人に、二回りも年下の編集者は尋ねた。「あなたたちは普段、何を食べているんですか?」。
オヤヂたちはもう半世紀も生きてきて、それなりにいろんなものを食べてきた。その中で、これは紹介しておきたいと思える自らの「食堂」に青年を連れて行く。店に入れば、一口食べれば、それ以上の情報などいらないと信じて。
いつものように、肩の力を抜き、愛するメシをただ食べる。紹介者の思いは同行者たちの胸を打つのだろうか。青年はそのとき何を思うのか。

【オヤ食巡礼者】

北尾トロ●ライター、猟師。各地に点在するうどんチェーン、カツ丼やオムライスがメニューにある町の中華屋に入り浸る。狩猟を始めて山の肉をガシガシ研究中。

日高トモキチ●漫画家、大学のセンセー。ジャンクフード全般をこよなく愛している。塩分、カロリーに気を使いつつ順調にカラダが丸くなってきた。

カメラのハラダ●カメラマン。野球は巨人、ロックは矢沢。男臭いのが好きで、好物はラーメン。旨いと聞けばストーンズ聴きながらどこへでも駆けつける。

K青年●編集者。20代ながら、酒の飲み過ぎで内臓に不安を抱え、カロリー制限を受けている。立場的にオヤヂたちのカジ取り役だが、それは最初からあきらめ、連れまわされるに任せようと決めている。

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「笹塚、ですか。ハラダさんの地元ですね」

「甲州街道を渡って10号商店街へ。風情のある商店街ですね。ここを抜けていくと中野区、ハラダさんが育った地域になる。買い食いしたくなる店が揃ってますね」

「ハラダさんは柔道部だったそうですから確実にやってますよ買い食い。で、今日は我々をラーメン屋へ案内してくれるそうです」

「どの店か察しはついてるよ。笹塚と聞いてピンときた。しかし、ラーメン好きなKと日高さんを初っ端からあの店に案内するとは。ハラダが勝負に出たと考えていい」

「ま、食べてみてのお楽しみということで」

その店は商店街が終わりかけた角地にあった。全体的に昭和テイストの10番商店街ではあるが、そこだけ飛び抜けて古い。暖簾には白地に赤でくっきりと”中華そば”。よくぞこの雰囲気を今に残してくれたと言いたくなる。
『福寿』。東京のラーメン通には知られた名前だ。

引き戸を開けて中に入ると主人が待ち構えていた。事前にハラダが取材許可を取っているので怪しまれることもなく着席。時間は午後6時前。店が混むまでにはまだ若干の時間がある。

テーブルが小さめに思えるが、これは昔の標準サイズ。使い込まれた厨房設備といい、相当年季が入っている。手書きメニューがまた渋い。テーブルや醤油差しに脂分はなく床も滑らないのは清掃が行き届いている証拠だ。

創業昭和28年。店構えは古びているが、ここは現役中の現役。野球好きのハラダの感覚で言うなら、先発投手に癖のある変化球ピッチャーを配してきたというところだろう。これは心してかからねば。私と日高は思わず姿勢を正した。

「昭和ノスタルジックな店ですね。どんなラーメンが出てくるかワクワクしてきました。いわゆる中華そばタイプでしょうか。ハラダさん、ラーメンにはうるさいですからね」

「口数が多いぞ。ハラダを見ろ。挨拶をした後は無言だ。そして見ろ、ご主人も無言だ」

「ただならぬ緊張感です。二人の間に火花が飛んでいる」

「然り。理由はさっぱりわからないが…。心なしか、ハラダが祈るような表情を見せているね」

「やかましいっつうの。何食べるかさっさと決めてくださいよ。ここはラーメンだけでなくワンタンもイケます」

ここでご主人が動いた。ラーメンとワンタンが同時に味わえる五目ラーメンがあると言うのである。五目4つ。注文が決まり、厨房が動き出すと、ようやくハラダの表情が和らいだ。

「俺はここに、かれこれ40年通っているんだよ。最初は10歳になるかならないかの頃だなあ。先代のご主人がやってて、ひとりでふらっと入ってきた俺がラーメン頼むと、どこのガキだとも聞かずに黙って出してくれたのよ」

「ボクが生まれる前から…。年季が違う」

両親が共働きだったハラダは、小学生の頃から外食をたしなんだ。『福寿』の店主はそんなハラダに暖かい声もかけなかった代わりに、余計な詮索も一切しなかった。育ちざかりの小僧にしてみれば、ありがたい対応だ。それから幾年月。数えきれないほどここで食べてきたという。

「だから今日は不安なんだよ。俺はここの味に馴染みすぎて、もはやうまいか不味いかの判断ができないから、みんながどう反応するか…」

「ラーメン人生を賭けた一食になりましたな。壱食目から大一番だ」

先代同様、二代目も寡黙な人である。質問すれば答えてくれるが、基本的に無言で仕事に徹する。対するハラダも口数は少ない。注文する、食べる、金を払って出る。スープまで残さず飲み干すことが、満足の意思表示だった。
そして、なんと今日まで40年間、会話らしい会話をしたことがない。

ご主人に尋ねると、ハラダの存在はもちろん知っていたが、今日の今日まで、近所の住人であることも、カメラマンであることも知らなかったそうだ。まさか先代時代からの常連客だったとはと、ご主人も驚いている。
「五目お待ち!」

にぎやかに盛られた具の下に澄み切ったスープ。
一口食べて、北尾と日高は目を見合わせた。
かん水キツめの縮れ麺、化学調味料なのか何なのかよくわからないけど食べる者に強く訴えかけてくる出汁、ほのかみ甘みのある味付け。

そう、ハラダが通い続けた理由がわかったのである。

「40年前と同じ味、そういうことですよね」

「そう、なんです」

「ハラダの素になった味と言い換えも可能」

「否定しません」

食べるスピードは速かった。一気に行きたくなるラーメンなのだ。
5分後、食べ終えたハラダの丼には一滴の汁も残されていなかった。

店が混んでくる。
20年ぶりにきたよと相好を崩す客。行きつけの店だと同僚を連れてくる客。そして、席に座れば店主に合わせるようにシャイで無口になる。
にぎわっているのに静寂。ここではハラダがデフォルトなのか!

「参りました。40年ぶりに店で注文以外の言葉を口にしたハラダさんを目撃するとは」

「異常な人間関係を垣間見た思いです。ちょっと真似ができない」

「それが『福寿』であると。わけがわからんが、そう結論するしかなかろう」

ハラダがあふれる店『福寿』は、戦後すぐに都心から移り住んだ先代が開いた。飲食業は初めてで、付近にないからラーメン屋にしたらしい。
それから61年が経ち、変わらぬ味のこの店は、東京屈指の老舗ラーメン屋になっている。

ごちそうさまでした。

福寿(ふくじゅ)/京王線・笹塚駅から徒歩8分

住所:東京都渋谷区笹塚3-19-1
電話:03-3377-2615

http://tabelog.com/tokyo/A1318/A131808/13001062/

文=北尾トロ 写真=原田豊 イラスト=日高トモキチ

★次回の巡礼店は新宿思い出横丁の立ち食いそば・かめやです。