官能WEB小説マガジン『フルール』出張連載 【第75回】柴田ひなこ『【お試し読み】所轄のライオン』

公開日:2015/2/18

 以来、二十九になる今も、朝までコースは復活の兆しすらない。恋愛に消極的というわけではないのだが、出会いと別れのスパンはいつも短い。

 相手によっては警官の恋人も悪くないのだろうか、とふと思う。長谷部の女のことはよく知らないが、体力だけは無駄にあるはずだ。

 ――ってそこかよ。俺も相当溜まってんな。

 スーツの胸ポケットに入れていたスマートフォンが鳴った。取り出して確認する。署内にいるはずの刑事課長、仁科(にしな)からだ。

「おっと……長谷部」

「はい」

「課長からだ」

 署に戻るぞ、と指で指し示せば、長谷部は早足で署の裏玄関へと近づき、スマートな動作で八神のためにドアを開けた。そんなことはしなくてもいいと何度も言っているのだが、高校時代からの癖だと言ってやめようとしない。

「八神です。署内にいます」

 簡潔に応答すると、仁科の早口が耳に飛び込んできた。

『サラスビバレッジの会長の孫息子が経営する会社、カリーズ・サラスに脅迫状が送られてきた。今から会議だ。長谷部は一緒か?』

 一緒です、すぐ向かいます、と答えて電話を切った。

 中野南署は警視庁第四方面本部に属している。犯罪の発生件数は二十三区でも比較的少なく、派手な事件は隣の北新宿署に集中しがちだ。ましてや企業を狙った脅迫事件が飛び込んでくるのは珍しい。

「なにかありましたか?」

「脅迫だ」

「生活安全課じゃなくてうちにきたんですか? それって」

 立て続けに質問しようとする長谷部を「いいから行くぞ」と引っ張った。

 階段を上がりながらスマートフォンで軽く下調べをする。

サラスビバレッジ。売上高年間二千八百億円。洋酒・ビール・清涼飲料水を製造販売する子会社を中心に、開発・研究機関など計十三の企業を従えている巨大ホールディングスだ。

 サラスビバレッジ会長の孫が経営しているのはその中のひとつ、カリーズ・サラスという子会社だった。イタリアの酒造メーカー、カリーズ社と契約を結び、日本での生産・販売ライセンスを独占しているらしい。売りのひとつであるカリーズラガーは八神も口にしたことがある。

 ふと手が止まった。海外製品国内シェア三位、オリーブのシンボルマークを擁したカリーズの缶ビール画像を目にした途端、八神は渇いた喉を強烈に意識した。

 
 

 刑事課長にしては小柄で朴訥な雰囲気の男、仁科が大声で事件の概要を説明している。警視庁の捜査一課が出向いてくる前に体制を整えたいらしく、いつにも増して早口だ。

「脅迫状は昨日までに五通。いずれも二日から三日、日を空けてカリーズ・サラスの本社が入っているビルの受付に配達された。宛名は社長の谷脇紀彦(たにわきのりひこ)、三十五歳。脅迫状の内容は『おまえのせいだ。ころしてやる』のみ。五通とも同じ内容で、二通目以降は一通目をコピーしたものと断定。封筒やコピー用紙には複数の指紋が付着していると思われるが、二通目の脅迫状が届けられて以降、谷脇社長の私設秘書が開封を禁じたため、中のコピー用紙には誰も触っていない」

 最初に脅迫状を受け取ってから被害届を出すまでに、少なくとも十日は経っているということか。十日も放置しておくとは、ずいぶん呑気な社長がいるものだ。

 八神はメモを取りながら、パイプ椅子の背もたれに身体を預けた。

「脅迫状なんて今どき古臭い手ですね。それにバカっぽい文面」

 隣に座る若手、有田(ありた)が呟いた。長谷部と同い年の二十八歳だが、刑事課に所属してもう三年になる。人当たりは悪くないのだが、吹けば飛びそうなひょろ長い男だ。

 ここにも呑気な奴がいたか――八神は、かつてこの男の教育係を仰せつかっていたときと同じことを思った。

 確かに昨今の脅迫といえばメールが主流だ。

 だがメールは意外にも足がつきやすい。犯人もそれをわかってかわからずか、脅迫の内容を実行に移す者は極めて少ない。すなわち愉快犯の仕業であることが圧倒的に多いのだ。

 だが手紙は違う。投函された場所と時間帯を特定できたとしても、それがすぐさま容疑者には繋がらない。二十三区内にある膨大な数のポストを逐一監視はできないし、九十近い郵便局に張り込んだところで、その近辺に犯人が住んでいるとは限らないからだ。

 仮に手紙に指紋が残っていたとしても、前科がない限り容疑者の特定には至らない。犯人が複数だった場合、監視カメラで人物を特定する前に次の脅迫状が送られてくるだろう。

 本気で殺すつもりなら脅迫状など送らずにいきなり襲うはずだ、という見解もあるにはあるが、今回は社会的認知度の高い企業、しかも飲料を扱う会社のトップに届けられている。脅迫が商品にまで及べば被害は甚大になる。

 犯人の行動がエスカレートした場合を考えれば、刑事課が動くのはごく自然のことに思えた。

 それにしても管理官の姿が見えない。本庁に呼び出されているのだろうか。

「……で、嶋(しま)・有田、八神・長谷部の四人は谷脇社長の交友関係、自宅周辺の捜査。まずはカリーズ・サラスの本社に出向いて本人から話を聞いてくれ」

 仁科の班分け指示に、四人がそろって返事をした。

「管理官からの指示は追って連絡する。解散!」

 

 

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