官能WEB小説マガジン『フルール』出張連載 【第79回】由糸子『恋の傷さえ彼の罠』

2015/3/31

由糸子『恋の傷さえ彼の罠』

 社内で「お堅い」と評判の私・塔子は、誰にも言えない疼きを体の奥に抱えている。二年前、付き合っていた一弥に突然別れを切り出され、“お預け”されて以来消えない疼きだ。それは一弥が急に戻ってきたことで再び熱を持ち、彼にそそのかすように誘われて、潤んで濡れてしまう──。酷い言葉で一方的に関係を終わりにした相手なのに、心も体も惹きつけられてしまう私。激しい愛交におぼれそうになりながら、彼を嫌おうと努力するけれど……ミステリアスで野獣めいた俺様彼氏に揺さぶられるアダルトロマンス!

「塔子さーん。これからどこに行くんですかぁ?」

 四角張った世界のオフィスに、真ん丸な声が響いて、私の背中に当たる。続けて、タタタッ、と漫画のような音を立てて、理央ちゃんは私の後ろをついてきた。

 社長令嬢である彼女がこの部署にやって来て、すでに三日目。つまり、私のお世話役生活も三日目になっている。

「葉山ちゃん、今日もお嬢さんのお世話か? がんばれよ!」

 三つ先輩の香田さんが、椅子を回転させて声を掛ける。私が返事をする前に、理央ちゃんが微笑んで手を振っていた。

「はーい! お世話されちゃってまーす! がんばりまーす!」

 理央ちゃんの桃色に輝く頬に照らされて、香田さんの口元も一気に緩んだ。すると二人の間に、恋愛に似た雰囲気がほのかに発生してしまう。

 私はそれを蹴散らそうと、鋭い視線を向けた。それに気づいた香田さんは、気まずそうに肩を竦めた。

 まったく、油断も隙もないんだから! この三日間、こんなことばかりなんだもの!

 自分の娘に悪い虫がつくのでは、と社長は心配していたけれど、当の彼女は、悪い虫など気にする様子もない。

 というよりも、彼女自身が悪い虫を呼び寄せているんだ。ふわふわとした巻き髪を揺らし、甘い匂いをオフィスじゅうに漂わせ、虫たちが群がってくるのを待っている。

「パパったら、変な男に引っかからないようにって、私を小学校からずーっと女子校に入れたんです。それって逆効果なんですよね。男の人と触れ合っていない方が、かえって男の人に興味を持っちゃいますもん」

 初めて会った日に、理央ちゃんはそう言って笑った。屈託のない様子を見て、若いなぁ、とうっかり思ってしまった。

 彼女は二二歳で、私は二七歳。五歳の差が、こんなにも大きいとは思わなかった。

 肌のハリとツヤ、無邪気な表情、世の中の悪意を知らない素直さ。どれもこれも、彼女ぐらいの年齢だった頃には、私にもあったものだ。でも今では、跡形もなく消え去っている。

 世間の荒波にもまれて、摩耗してしまったのか。それとも二年前に、あいつに奪われてしまったのか……。

 あー、いやだいやだ。ここ最近、あいつのことを思い出すことが多い。

 たとえ記憶の中だったとしても、会いたくない男なのに。頭の中のDeleteボタンを何度も押し、私は必死で一弥の顔を消した。

 奥行きのあるLNGプロジェクト部の中を一直線に進めば、突き当たりにある書類の棚に着く。足を止め、背後の理央ちゃんも立ち止まったことを確認すると、私は首だけで振り返った。

「これからあなたに、書類の整理の仕方を教えるから」

「えーっ! 書類の整理って必要なんですかぁ? 書類なんて、今はほとんどがデジタル化されてるんじゃないんですかぁ?」

「そうだけど、されてないのもあるのよ。もしかしたら、あなたにそのデジタル化の作業も頼むかもしれないから、覚えておいて」

「はーい。でも、ここの仕事って地味なんですねぇ。私、もっと派手なカッコいい感じだと思ってました。ダルい仕事ばっかりで、びっくりしちゃう」

 ……すごい。そんなこと、私は口が裂けても言えない。

 これが社長令嬢の、怖いもの知らずのパワーなのかな? それとも世間知らずなだけなの?

 近くのデスクにいる、部長の視線を感じる。部長は怒りに満ちた目で、こちらを見ていた。失礼なことを言う理央ちゃんを怒鳴りつけたいんだろうけど、社長令嬢にできるはずもない。

 仕方ない、と私は部長の代わりになって、理央ちゃんに厳しめの口調で言った。

「理央ちゃん、そういうことは言っちゃダメだよ。ここの仕事は一見地味だけど、海外のプラント建設のための礎を作っている部署なんだから。ここできちんとした仕事をしないと、この会社は動かないの」

「……はぁい」

 反省混じりの彼女の返事を聞いたあとで、私は作業の仕方を説明した。

 この中の図面は日付を確認して、ファイルナンバーを揃えて……。お経を唱えるかのように説明していると、理央ちゃんの顔が急に近づいた。

 

2013年9月女性による、女性のための
エロティックな恋愛小説レーベルフルール{fleur}創刊

一徹さんを創刊イメージキャラクターとして、ルージュとブルーの2ラインで展開。大人の女性を満足させる、エロティックで読後感の良いエンターテインメント恋愛小説を提供します。

9月13日創刊 電子版も同時発売
  • 欲ばりな首すじ
  • 艶蜜花サーカス
  • やがて恋を知る
  • ふったらどしゃぶり