官能WEB小説マガジン『フルール』出張連載 【第81回】ナツ之えだまめ『囚愛契約』

公開日:2015/4/14

 「僕、宮本さんの担当されるCM、好きなんですよ。昨年の新車の広告もそうなんですが、なんていうのか明るい泥臭さみたいなのがあるんですよね。特撮俳優を起用したスマホのCMシリーズもよかったなあ。とぼけた味わいがあって」

「ありがとうございます」

「中でも特に気に入っているのは、長嶺祐也さんとの共同名義で暁(あかつき)広告賞の審査員特別賞をとった小広告シリーズなんです。ほのぼのしてましたよね、あれは」

 暁広告賞は、新聞社が主催している賞だ。この賞は、広告制作においてもっとも権威があると言われている。上位入賞者の動向は注目されるし、独立する者も珍しくない。

 そう、長嶺のように。

 長嶺祐也(ゆうや)は四歳下、高良が入社して五年目にして、初めて指導担当を受け持った新人だった。彼は一年半前、コピーライターとして独立し、現在ではすでにいっぱしの売れっ子だ。

「暁広告賞というと、こちらですね」

 高良は携えてきた見本ファイルから賞をとったときのカラーコピーを提示して見せた。ごく小さな広告が並んでいる。鈴木は破顔する。

「ああ、それです。いいですねえ、うん。それで、上司とも相談したんですが、ぜひ、タグラインのコピーライターを長嶺さんにお願いしたいんです」

 高良は瞬きする。

 来た。

 言われることを予測していた。でも、名前が出なければいいと願っていた。まだ。もう少しの間は。

「それは……」

 喉の奥で声が止まる。

 皆が自分を見ている。何か言わなければ。何か。

「長嶺……さんは、弊社を退職してすでに独立しているので、まずは、スケジュールを確認させていただかないと」

 長嶺の名前に敬称をつけることに自分はまだなじんでいない。

「それはそうですよね。長嶺さん、人気がおありですもんね」

 そう言いつつ、鈴木はなおも押してくる。

「タグラインは弊社の顔です。百年、褪(あ)せることのない顔を作るためにご助力いただきたい、キックオフミーティングでご挨拶できれば光栄です、と長嶺さんにはお伝えください」

「はい」

 キックオフミーティングとは、鳳翔堂の内外問わず、プロジェクトにかかわるすべてのスタッフが出席する最初にして最大規模の会議である。よくテレビで見る、芝居をする際の関係者顔合わせのようだと高良はいつも思う。違うのは、芝居はこれから関係が密になっていくのに対して、広告制作は始まってしまえばメールだけのやりとりになったり、極端な場合、もう二度と接触しない可能性も十分に考えられるということだ。ともに目指すゴールを、全員の顔を見ながら確認するチャンスは一度だけなのだ。

 高良はキックオフミーティングを精度よく仕上げることが、仕事の成果をあげるには必須だと考えている。ゆえに、いつもここには力を入れてきた。

「了解しました。できるだけ、ご希望に沿う方向で尽力させていただきます」

 高良は心中の揺れを押し隠して返答する。

 

 会議終了後、大江、柴田、高良は帰社した。鳳翔堂本社は表参道に面した、銀に輝くビルを十フロア、借り切っている。統括第二事業部のあるフロアでエレベーターを降りて歩きだしながら、大江が高良を呼んだ。

 

 

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