眠る娘に添い寝するジジイは何の夢を見るか? 川端康成『眠れる美女』|連載第2回

変態本

2015/6/13

「愛おしき変態本」第2回は、「国境の長いトンネルを抜けると雪国であった。夜の底が白くなった」というあまりにも有名な書き出しで始まる『雪国』などの作品、そして日本人として初めてノーベル文学賞を受賞した川端康成の『眠れる美女』(新潮社)だ。

かわばた・やすなり 1899年(明治32年)大阪市天満此花町出身。東京帝国大学在学中に菊池寛に認められる。横光利一らとともに「新感覚派」と呼ばれた。代表作は『伊豆の踊子』『雪国』『千羽鶴』『山の音』など。1968年にノーベル文学賞を受賞し、『美しい日本の私―その序説』という講演を行った。1972年(昭和47年)逗子の仕事場でガス自殺(遺書がないため事故死説もある)し、世界中に衝撃を与えた。

『眠れる美女』は、1960年に『新潮』に連載された短編小説で、舞台は海の近くにある一軒の宿。そこは薬で眠らされた裸の娘と一晩同じ布団で添い寝をする、老人のための会員制秘密クラブだ。娘は深く眠っているので何をされても起きない。たちの悪いいたずらや本番は厳禁(裸体を鑑賞する、乳を触るなどはOK)なのだが、男性機能が衰えた老人であるため挿入したくてもできないということ、そして秘密を守るという「安心できるお客様」しか利用できない不思議な娼家だ。ある老人はその行為を「秘仏と寝るようだ」と形容している。秘仏、確かに言い得て妙…。

 主人公は江口由夫という67歳の老人。妻と嫁に行った娘が3人おり、孫もいる。成功者であり、若い頃からつい最近まで浮気をするなどなかなかお盛んだった方のようだ。江口はある知り合いの紹介で「眠れる美女」の家に来たのだが、ワクワクして来たという感じでもなく、娘が寝ている秘密の部屋に入るための鍵を渡されても、しばらくタバコを吸ったり、娘がブスだったらどうしようと心配したり、自分はまだ勃起をするから「安心できるお客さま」ではないぞ、老人扱いするな、でももうすぐみじめな老人になってしまうのか、と逡巡している。そしてついに杉戸を開け、部屋に入ると…。

「ああ。」
 江口の声が出たのは、深紅のびろうどのかあてんだった。ほの明りなのでその色はなお深く、そしてかあてんの前に薄い光りの層がある感じで、幻のなかに足を踏み入れたようだった。かあてんは部屋の四方に垂れめぐらせてあった。江口がはいった杉戸もかあてんにかくれるはずで、そこにかあてんのはしがしぼってあった。江口は戸に鍵をかけると、そのかあてんを引きながら、眠っている娘を見おろした。眠ったふりではなくて、たしかに深い寝息にちがいないと聞えた。思いがけなかった娘の美しさに、老人は息をつめた。思いがけないのは娘の美しさばかりではない。娘の若さもあった。こちら向きに左を下に横寝している顔しか出ていなくて、からだは見えないのだが、二十前ではないだろうか。江口老人の胸のなかに別の心臓が羽ばたくようだった。

 江口老人は手を握って「起きないの?」と娘に問いかけるが、まったく起きる気配はない。そしてそっと布団の中に入り、じっと娘を観察する。川端の作品には体の一部を執拗に描写する「パーツ愛」が多いのだが、『眠れる美女』でも爪や歯、指、髪などパーツごとに細かく描写されている(そのパーツ愛が炸裂するのが美女に片腕を借りる『片腕』という作品だ)。

 江口は娘にふと乳の匂いを感じ、そこから過去に関係した女たちのことを鮮明に思い出してしまい、すっかり目が冴えてしまったため、枕元に置かれていた普段は飲まない睡眠薬を一錠飲んだ。するとひどく怖い夢を見てしまったので、残りの一錠も飲むと、深い眠りに落ちた。そして朝目覚めると…。

老人は夜半の悪夢なども忘れて、娘が可愛くてしかたがないようになると、自分がこの娘から可愛がられているような幼ささえ心に流れた。娘の胸をさぐって、そっと掌のなかにいれた。それは江口をみごもる前の江口の母の乳房であるかのような、ふしぎな触感がひらめいた。老人は手をひっこめたが、その触感は腕から肩までつらぬいた。

 初体験でビリビリきてしまったからか、江口は半月後にまたこの家にやってくる。それも「今夜行ってもいいか」と思うやいなや電話をかけ、今から行くと伝える素早さだ。そして今度は最初とは違う娘が眠らされていると聞いて驚くが、部屋を担当する女に「慣れている女の子です」と言われ、寝ているのに慣れているってどういうことか、などと思いながら部屋に入る。

娘が決して目をさまさないために、年寄りの客は老衰の劣等感に恥じることがなく、女についての妄想や追憶も限りなく自由にゆるされることなのだろう。目をさましている女によりも高く払って惜しまぬのもそのためなのだろうか。眠らせられた娘がどんな老人であったかいっさい知らぬのも老人の心安さなのだろう。老人の方でも娘の暮らしの事情や人柄などはなにもわからない。それらを感じる手がかりの、どんなものを着ているのかさえわからぬようになっている。老人どもにとってあとのわずらわしさがないという、そんななまやさしい理由だけではあるまい。深い闇の底のあやしい明りであろう。

 決して起きない裸の娘だからこそ老人にはピッタリ、という愛しさと切なさと疚しさと惨めさ…。江口はその夜の娘を「若い妖婦」と形容し、末娘が結婚するときのことを思い出している。そしてよっぽどこの娘が気に入ったのか、朝になって、あの子が起きるまでここにいたらいけないのか、道で出会ったら声をかけてしまうかもよ、と担当の女にワガママを言う。そして3度目はこの8日後というハイペースで、娘たちが眠らされている薬が欲しいと無理を言うかなり面倒臭い客になっている(結局もらえない)。物語は4度目、5度目の来訪までが描かれるのだが、最後にはいくつかの死が不吉な影を落とし、再び「ああ。」という溜め息が出て、物語は唐突に終わる。果たして江口はまた「眠れる美女」の家に来るのだろうか?

 ちなみに新潮文庫版『眠れる美女』のあとがきは三島由紀夫が担当しており、「その執拗綿密な、ネクロフィリー(注 死体愛好症)的肉体描写は、およそ言語による観念的淫蕩の極致と云ってよい」と三島節全開の美文で絶賛しているのも読みどころだ。

 この『眠れる美女』が書かれた翌年『朝日新聞』に連載したのが、京都を舞台にした、離れて育った双子の姉妹が出会う『古都』という作品なのだが、その文庫版の川端自身によるあとがきには、睡眠薬を濫用し過ぎて常々止めたいと思っていたので『古都』執筆後に止めたところ禁断症状が出て救急搬送され、10日ほど意識不明になったとある。さらには、睡眠薬のせいで何を書いていたのか思い出せない、「眠り薬が書かせたようなもの」という衝撃発言まで飛び出している。『眠れる美女』を書いていた頃もガンガンに睡眠薬を服用していたようなので、このような裸の娘をサワサワしながら添い寝するという突拍子もない設定が生まれ、夢ともうつつともつかぬ不思議な世界へと落ちていくような物語になったのかもしれない。

 そして川端には「老い」に対しての恐怖があったという話もある。川端は1歳で父を、2歳で母を相次いで結核で亡くし、父方の祖父母に引き取られている。しかし優しかった祖母は7歳の時に、さらには川端が10歳の時には叔母の家に引き取られていた姉も13歳で亡くなっている。そして中学生だった14歳の時には祖父も亡くなって孤児となり、母方の伯父に引き取られた(翌年には中学校の寄宿舎に入る)という複雑な生い立ちがある(年齡は満年齢)。この祖父を介護したときの日記が『十六歳の日記』(数え年なので16歳になっている)という作品になっているのだが、当時還暦を超えた川端は、盲目で寝たきり、認知症のような状態だった祖父の年齡に近づいたことで、老醜に怯えて過去を思い出し、心情を吐露する、暗く深く妖しい、熟し過ぎた果実の腐臭にも似た退廃的な作品を書いたのだろうか…?

 次回「第3回」は、文中に登場した昭和の文豪・三島由紀夫の作品を紹介します。

文=成田全(ナリタタモツ)