いつの時代も童貞は……発禁処分となった“性欲的生活”――森鴎外『ヰタ・セクスアリス』| 連載第5回

2015/7/18

「愛おしき変態本」第5回は、1909年(明治42年)に発表された、森鴎外の『ヰタ・セクスアリス』(新潮文庫)をお送りする。作家と軍医という二足のわらじを履き続けた鴎外のプロフィールはこちら。

もり・おうがい 1862年(文久2年)石見国津和野(現在の島根県鹿足郡津和野町)出身。本名は森林太郎。津和野藩主亀井家の典医を務めていた森家の長男として生まれる。72年父に随って上京。74年東京医学校予科に入学(しかし資格年齡に達してなかったため1860年生まれとし、以後公式にはこの年齡を使用)。81年卒業、同年9月『河津金泉君に質す」を読売新聞に発表、12月陸軍軍医となる。84年から4年間ドイツ留学。帰国後の90年、ドイツ人女性との悲恋を描いた『舞姫』を発表。主な作品に『青年』『山椒大夫』『高瀬舟』『雁』『阿部一族』など。1922年(大正11年)7月9日、萎縮腎により死去(戦後、息子の於菟によって結核であったと訂正されている)。

 鴎外の自伝的な小説と言われる『ヰタ・セクスアリス』は「題名だけは知っている本ランキング」があればかなりの上位に位置するだろう。それは「ヰ」という今ではほとんど使われない文字があること、そして「セクス」というワードに青春センサーが引っかかることが原因と思われる。このタイトル、読み方は「ウィタ・セクスアリス」、ラテン語で「Vita Sexualis」と綴られ、日本語に訳すと「性欲的生活」という意味となる。青春センサーが反応するのは間違いではないのだ!

 主人公は金井湛(かない・しずか)という哲学史を教えているおじさんで、自身の6歳から21歳までの性の目覚めから童貞喪失後までが綴られている。その金井、先生でありながら本を一冊も書いたことがないという人で、若者が読んでいる小説を引用するなど型破りな方法で難しい哲学を教えることから学生に評判なのだが、少々…いや、かなりの変わり者なのだ。

 金井は小説をたくさん読むが、芸術品に対して非常に高い要求があるため小説を芸術としては見ておらず、作者がどんな心理状態で書いているのかを読み取るのが楽しいという捻くれた性格だ。なので何か書いてみたいとは思うものの、自ら設定したハードルがあまりに高いため、書くなら小説か脚本かなと思っているのだが、ある日学生から借りた本を読んでいたところ、「人生のあらゆる出来事は皆性欲の発揮であると立てないだろう」と思う。すると、性欲とは何か、それは人生の中でどんな順序で生まれ、どう人に影響を及ぼすのか、ということがフツフツと気になってくる。

そこで金井君の何か書いて見ようという、兼ての希望が、妙な方角に向いて動き出した。金井君はこんな事を思った。一体性欲というものが人の生涯にどんな順序で発現して来て、人の生涯にどれだけ関係しているかということを徴すべき文献は甚だ少いようだ。芸術に猥褻な絵などがあるように、pornographieはどこの国にもある。婬書はある。しかしそれは真面目なものでない。総ての詩の領分に恋愛を書いたものはある。しかし恋愛は、よしや性欲と密接な関繋を有しているとしても、性欲と同一ではない。裁判の記録や、医者の書いたものに、多少の材料はある。しかしそれは多く性欲の変態ばかりである。(中略)おれは何か書いて見ようと思っているのだが、前人の足跡を踏むような事はしたくない。丁度好いから、一つおれの性欲の歴史を書いて見ようかしらん。実はおれもまだ自分の性欲が、どう萌芽してどう発展したか、つくづく考えて見たことがない。

 エロ本ではなく、変態の特殊な話でもない、学術的な見地からの性欲の書物がないなら俺の体験を書こう、と筆を執った金井は、6歳で偶然に春画を見た思い出から語り始める。利発だった金井は大人たちの猥談を理解するようになり、やがてドイツ語を勉強するようになって「単語を覚えるなら語源から!」と真面目にやっていたら、辞書で「男根」「陰部」「屁」という単語を調べるという小学生くらいの男子がやりそうなことをやる。また当時「やってはいけないこと」だったオナニーを14歳で初めてしてみるが…

しかし人に聞いたように愉快でない。そして跡で非道く頭痛がする。強いてかの可笑しな画(※春画のこと)なんぞを想像して、反復して見た。今度は頭痛ばかりではなくて、動悸がする。僕はそれからはめったにそんな事をしたことはない。つまり僕は内から促されてしたのでなくて、入智慧でしたので、附焼刃でしたのだから、だめであったと見える。

 その頃、学生は女好きの「軟派」と、男色を好む「硬派」に分かれていた。金井は上級生に襲われそうになったこともあって硬派を嫌っていたのだが、やがて仲良くなったのが硬派の古賀と、軟派を嫌う真面目な児島だった。気の合った3人は「生息子(きむすこ)の三角同盟」、いわゆる「童貞トリオ」を結成、「性欲の獣を放し飼い」にしている生徒たちを白眼視し、その結束は卒業まで守られた(金井と児島には性欲がなく完全に童貞だったが、古賀には可愛がっている安達という美少年がいた)。

 19歳になった金井は主席で大学を卒業。官費による外国留学の話があり、就職もせずに家でゴロゴロしていると、お見合いの話が舞い込む。しかし金井は縁談を勧める母親に向かって、くどくどと御託を並べる。「いつかは妻を持つだろうが、それが嫌な女では困る、好きか嫌いかを自分が決めるのは簡単だが、女が…こう言っちゃ親には悪いけど、ブサイクに生まれた自分の顔を好きになるとは思えないし、コイツでいいかとか思われるならこっちからお断りだ、見た目じゃなくて精神的なことなら落第はしないが、見合いは所詮見た目、しかも男が選んで女には選択権がないし、それってモノ扱いじゃないか、古代ローマの奴隷じゃあるまいし、僕はきれいな玩具を買いに行く気はないよ」 現代でも変わらない、自信のない童貞の一方的な言い訳めいたことは母親によって一蹴されて見合いをするのだが、その話はなかったことになる。

 そんな金井もついに童貞を失う日が来る。ある新聞社に頼まれた原稿を書いたところ、ごちそうするからと連れ出され、その流れで吉原へ連れて行かれてしまうのだ。すると花魁が登場し、金井はお付きの人にするすると服を脱がされ、奥の部屋へ……。

八畳の間である。正面は床の間で、袋に入れた琴が立て掛けてある。黒塗に蒔絵のしてある衣桁が縦に一間を為切(しき)って、その一方に床が取ってある。婆あさんは柔かに、しかも反抗の出来ないように、僕を横にならせてしまった。僕は白状する。番新(※花魁の身辺の世話をする遊女)の手腕はいかにも巧妙であった。しかしこれに反抗することは、絶待的不可能であったのではない。僕の抗抵力を麻痺させたのは、慥(たしか)に僕の性欲であった。

金井はコトの後、車を呼んですぐに帰宅。そして翌日になって昨夜の出来事を反芻する。

あれが性欲の満足であったか。恋愛の成就はあんな事に到達するに過ぎないのであるか。馬鹿々々しいと思う。それと同時に僕は意外にも悔という程のものを感じない。良心の呵責という程のものを覚えない。勿論あんな処へ行くのは、悪い事だと思う。(中略)
 それとは反対で、ここに僕の感情的生活に一つの変化が生じて来て、それが日にましはっきりして来た。何だというと、僕はこれまでは、女に対すると、何となく尻籠(しりごみ)をして、いく地なく顔が赤くなったり、詞(ことば)が縺(もつ)れたりしたものだ。それがこの時から直ったのである。こんな譬(たとえ)は、誰かが何処かで、とっくに云っているだろうが、僕は騎士としてdub(王が剣で肩を打ってナイトの称号を与えること)を受けたのである。

 童貞を喪失し、どうやら自信を持ったらしい金井は海外留学へと出発。続けて外国での出来事を書くと、突然書くのを止める。本当は結婚まで書こうと思っていたが、これを書いてどうなる、よくよく考えてみると結婚までセックスしない方がよかったかも、いやそれ以前に結婚しない方がよかったかもしれない、自分から「やりたい!」と思ったことのない、人並み外れた冷淡な男だ…と逡巡、しかし「自分は性欲の虎を馴らして抑えている」のであって「虎の怖るべき威は衰えてはないのである」と思い直して冒頭から読み返すと、「上品さに支配されている教育界に身を置く者としてこんなものは世に出せない、子どもにも読ませたくない」と思い、その原稿に『Vita Sexualis』と題名をつけ、本を入れておく箱の中に投げ込んで話は終わる。

 この作品、当時はとんでもないエロ小説だと思われてしまい、風俗を乱すという理由から、掲載していた『スバル第七号』が内務省によって発禁処分とされてしまった。エロの基準がすっかり変わってしまった現代からすると「???」という感じだが、性を直接描いた作品としてセンセーショナルであったことは間違いない。ちなみに鴎外は当時新しい文学であった、本連載の第1回で取り上げた田山花袋などの「自然主義」に対抗したいという気持ちがあったことからこの作品を執筆したそうだ。それにしても冷徹に性を記録するのは医者の鴎外ならではの変態的側面だし、「自分は性欲の虎を馴らして抑えている」という一文からは「自然主義とかいうだらしないお前たちとは違う!」という威厳さえ感じる。

 この同じ「性欲的生活」という手法を使って後年書かれたのが、三島由紀夫の実質的なデビュー作『仮面の告白』だ。こちらは男性同性愛者による生まれた瞬間から23歳までの性的告白小説ということで、戦後間もない時代にセンセーションを巻き起こしたのだが、三島は序文として書いた『作者の言葉』で「この小説は、私の『ヰタ・セクスアリス』であり、能(あた)うかぎり正確さを期した性的自伝」としっかり鴎外の作品名を入れ込んでいる(結局この序文はボツになったが、生原稿は残されている)。鴎外が『仮面の告白』を読んだら、果たして何と言っただろうか?

 言い回しが古く、単語の意味も難しいので骨が折れるかもしれないが(漫画版を併読するとわかりやすい)、もし読み通すことができたら、たった100年ほど前はこれで発禁処分になったということに隔世の感を禁じ得ないだろう。

 次回「第6回」は、短編の天才・芥川龍之介の作品を紹介します。

文=成田全(ナリタタモツ)

【著者プロフィール】
成田全(ナリタタモツ)
1971年生まれ。イベント制作、雑誌編集者、漫画編集者などを経てフリーとなり、インタビューや書評を中心に執筆。文学・自然科学・音楽・美術・地理・歴史・食・映画・テレビ・芸能など幅広い分野を横断した知識や小ネタを脳内に蓄積し続けながら、それらを小出しにして日々の糧を得ている。現在は出身地である埼玉県について鋭意研究中。