まつもとあつしの電子書籍最前線 ミリオンセラー『スティーブ・ジョブズ』 はこうして生まれた

2011/11/17

「よし行こう!」――獲得に向けた講談社の「本気」

――先ほど、企画の開示から交渉に至る流れはざっくりお話し頂きましたが、講談社の中ではどんな動きがあったのでしょうか?

柿島:前述のフランクフルトブックフェアには、当時副社長(現社長)だった野間省伸も参加していました。雑談の中で「今年は何か良い本がありましたか?」と問いかけがあったんです。そこで「こういう本(『スティーブ・ジョブズ』)があります。是非獲得したいと考えています」と答えました。

「間違いなく良い本ですが、獲得競争も激しくなると思います」と付け加えましたが、彼は二つ返事で「よし行こう! 絶対獲ろう」と即決してくれた。その場で「電子書籍も含めた包括的な権利を是が非でも獲得しよう」と断言していましたね。

青木:ええ、それくらい意欲的でした。僕はそれまで社長とはあまり話をしたことがなかったんですが、「うぉーっ、この人なかなかやるなぁ」みたいな(笑)。

柿島:ご想像のように決して安くはない条件になるわけです。その後の入札の際も、「どの位の金額まで大丈夫か?」ということは、野間に直接確認しながら進めていくことになります。その意思決定もとても早くて、それが最終的な交渉の際にも強みになりました。即断即決、誰が責任を取るかも非常に明確でしたから。

その背景には、講談社がいま打ち出している2つの路線と、この本とがぴったりと合致していたということも大きくあります。「国際化」と「デジタル化」という大原則がまさに具現化された本というのが、社長も含めた私たちの共通認識だったんです。

カバーのデザインには自信を持っている

――カバーのデザインが「オリジナルとかけ離れた改変だ」と一部の方が批判を寄せ議論を呼びました。

原書には無い、宣伝コピーがあしらわれているとして批判が集まったが、帯を取ると左の上巻のようにオリジナルのデザインに近づく。

柿島:たしかに発売当日、編集部にも電話が掛かってきました。「なぜ、あんな文字が載っているのか?」という抗議でした。おそらく帯のコピーのことを仰っていると思うんです。あるいは、タイトルの文字がオリジナルのものより大きいというのもあるかも知れません。

「顔写真だけで分かるじゃないか」という方もおられるかも知れませんが、私たちとしてはより多くの方々に本書がスティーブ・ジョブズの伝記であると伝えたかった、という思いがあります。翻訳者のお名前もやはりきちんと入れるべきです。私たちとしては、この装幀がベストだと考えています。

お電話頂いた方にも「帯を取れば、コピーの文字はなくなりますよ」とお伝えしたところ、「え!?」という反応だったんですね。要は、まだ手元にはお持ちで無くて、書店でも実物を見ておられなかったという……。

――各国版のカバーを並べて、批判をしていたサイトだけを見ていたのかも知れませんね。

青木:そもそも、「書籍の中身には一切文句をつけなかったジョブズ氏が唯一注文をつけたのが表紙だった」というのは事実ですが、これは「英語版のオリジナル(原書)の表紙を海外版もそのまま使ってほしい」という意味ではありません。大きな誤解です。

実は、原書はもともと「iSteve The Book of Jobs」というタイトルで、表紙も現在のものとはまったく異なるデザインだったんですが、その表紙を見たジョブズ氏が「変えてほしい」と注文をつけた・・・というのが真相です。

予約開始当初amazon.comなどに一時期だけ掲載された書誌イメージ。

 ちなみに、契約書には「表紙については事前にアメリカ側の許可を取ること」という条項があったので、我々は日本語版の表紙デザインをアメリカの代理人に送り、アプルーバル(許可)を得た上で制作しています。「ジョブズ氏やご遺族・関係者の意思を無視して改変を行った」という指摘はまったく正しくありません。

原書を手に語る青木さん

――「講談社」という社名すら、帯を取ればカバーからなくなるわけで、デザインにはかなり気を遣われたことがよく分かります。

先ほど紹介されたツイッターのエピソードの中でも、子供や主婦など、これまでこういった本を手に取ることのなかった人たちにも、本の存在を知ってもらうには、コピーは必要だったというわけですね。

柿島:オリジナルにはある各章扉の写真がない、という批判も承知しています。あの写真の利用は翻訳書の発行の条件に含まれておらず、別途それぞれの写真の権利者との交渉が必要でした。写真を原書のように増やし、ページ数を多くすれば、その分価格に跳ね返ってきます。スケジュール的にも現実的ではなく、より多くの人に手にとってもらう定価、2000円以内に収めるためには、扉の写真はなしで行こうという判断をしました。

――最後に、今後の展開について聞かせてください。

青木:・・・・・・まだまだ、いろいろ考えていますよ(笑)。
柿島:今回、かなり「包括的に」権利を獲得しています。その範囲は紙・電子の書籍に留まりません。講談社グループの強みを活かした、おそらく、ちょっとびっくりされるような展開も仕掛けていますので、ご期待頂ければと。

編集部にて柿島氏・青木氏。

いかがでしたでしょうか?

翻訳書として爆発的な売れ行きを見せる本書は、その制作過程も異例づくしであり、紙の本と電子書籍の関係を考えさせるきっかけにもなっています。また、翻訳書がこれだけ脚光を浴びるということもあまり例がなく、議論を呼んだ装丁や価格についてもどんなプロセスを経て、現在の形に落ちついたのか、お二人には率直に語って頂きました。

野間社長のエピソードにもあったように、講談社は国際化、デジタル化の推進を謳っており、今後出版される全書籍は電子化も同時に進めるとしています。今後の展開にも期待したいと思います。

「まつもとあつしの電子書籍最前線」記事一覧
■第1回「ダイヤモンド社の電子書籍作り」(前編)(後編)
■第2回「赤松健が考える電子コミックの未来」(前編)(後編)
■第3回「村上龍が描く電子書籍の未来とは?」(前編)(後編)
■第4回「電子本棚『ブクログ』と電子出版『パブー』からみる新しい読書の形」(前編)(後編)
■第5回「電子出版をゲリラ戦で勝ち抜くアドベンチャー社」(前編)(後編)
■第6回「電子書籍は読書の未来を変える?」(前編)(後編)
■第7回「ソニー”Reader”が本好きに支持される理由」(前編)(後編)
■第8回「ミリオンセラー『スティーブ・ジョブズ』 はこうして生まれた」
■第9回「2011年、電子書籍は進化したのか」