「リア充じゃないから作家になれた」“粘膜作家”飴村行インタビュー|夏のホラー部第4回

オカルト

2015/8/29

●色々ヤバすぎた工場勤めの日々

――飴村さんは東京の歯科大学を中退されて、10年ほど工場勤めを経験されるわけですよね。

飴村:あれは地獄のような職場でした。ユニセフが救援に来てもおかしくないくらい。その工場は2003年頃にいきなり閉鎖になったんですけど、工員にはもちろん事前通知も退職金もなし。僕は「次は××市の鉄工所に行ってくれ」と命じられました。遠いから通えないと答えたら、「免許を取れ、原付を買え。金がないなら女を引っかけて貢がせろ」と真顔で言われて。この会社はやっぱおかしいと、開いた口がふさがらなかったですね。

――当時のエピソードは『路地裏のヒミコ』(文藝春秋)などの小説にも書かれていますが、強烈な体験だったんですね。

飴村:同僚もみんなヤバかったんですよ。Aさんっていう45歳なのに歯が一本もないおじさんがいて、明石家さんまと同い年ということが唯一の自慢。いつも段ボールに数字を書き込んだ乱数表を持ち歩いていて、ロト6の予想をするんです。で、木曜の抽選日には必ず外れる(笑)。ロト6でいつか大金を手にするというのが、工員たちの心の支えになっているんですよ。

――切ない話ですねえ。

飴村:元高校球児だったBさんは、頭の中で監督と話してるらしくて、いつも一人でぶつぶつ言ってるんです。ある日、Bさんにいきなり「今のアウトですか!?」って尋ねられたことがあって。

――それは緊張しますね!

飴村:しますよ。おそるおそる「アウトじゃないですか……」って答えたら、「そうですよね!よかったあ!」って嬉しそうに去っていきました。もしセーフと答えていたら、あの後どうなっていたのか。あれは人生の分岐点でした。それからCさんという元格闘家の人がいて……(危険な話が多いので割愛します)。

――それから数年の実家暮らしを経て、作家デビューを果たされたわけですが、ホラー大賞受賞の瞬間は嬉しかったのでは?

飴村:嬉しかったですよ。でも本当に嬉しいのはせいぜい3日くらいで、そこからまた地味な日々の反復ですけどね。よく登山家の方が、どれだけ準備に時間をかけても頂上にいられるのは10分だと言うのと似ています。

――そこで気鬱になったりというのは。

飴村:それはないです。工場時代に比べたら、天と地の差がありますから。実は去年、一昨年と体を壊してしまって、収入がほとんどなかったんですよ。昨年末は税務署の差し押さえで、貯金をごっそり持っていかれましたし。

――そんな目に遭われていたんですか。

飴村:普通なら不安になるところですけど、スタート地点が地下500メートルくらいなので、この苦痛すら快楽に感じられるんです。「プロの作家みたいでカッコいいじゃないか」と。工場勤めに戻ることを考えたら、どんな苦労でも耐えられますね。

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