アウトロー作家・福澤徹三が一番怖いものとは!? | 夏のホラー部第7回

ホラー

2015/9/26

才能が枯渇してからが本当の勝負

――子どもの頃は怖がりでしたか?

福澤:いちばん怖かったのは、幽霊よりも学校ですね。とにかく勉強が嫌いだったから、小学校2年にしてテストで0点を取ってました。両親は烈火の如く怒るけど、意地になって勉強しなかった。ほんとうの勉強は自分から進んでやるもので、押しつけられても身につかない。ぼくみたいな劣等生でも専門学校の講師をやってたんだから、焦らなくていいんです。でも最近は、学校の成績やいじめを苦にして自殺する子が多いでしょう。学校も勉強も放りだして、いろんな本を読めっていいたいですね。

――ご出身は北九州の小倉ですが、地元と怪談とのかかわりは。

福澤:大都市にくらべて、超自然的な存在を信じてる割合は高いと思います。不良がかった若者やガラの悪い大人たちは意外と純朴なので、アニミズムというかシャーマニズムというか、土俗的な信仰が残る土地柄なんですね(笑)。ネット上では「修羅の国」なんて書かれてますが、危険なことに首を突っこまない限り、至って安全です。

――高校卒業後はいろんな仕事に就かれて、怖い目にも遭われたとか。

福澤:本には読者を意識して、いかにも怖かったように書きますが、実際はそうでもなかった。仕事に関しては、主観によって怖さが変わります。日雇いの肉体労働をしてたときは、高層ビルの建設現場で、命綱もなく高所作業をしてましたけど、体がきついだけで、それほど怖くはない。のちに広告業界に入ると、サービス残業どころか毎日徹夜で、残業が月に200時間を超えたこともありました。ぼくが働いてきたのは、いまでいうブラック企業ばかりですが、それを怖いと思うのは当人の捉え方です。肉体労働をするときに「この重たい荷物を運ぶのか」と考えるのと「筋肉がつくからいいや」と考えるのとでは、気分がちがいます。仕事をマイナスに捉えるところから、恐怖がはじまるんじゃないでしょうか。

――エッセイ集『怖い話』(幻冬舎)を読むと、危険、家に帰れない、給料がもらえないなどの職場もあったようですが。

福澤:ほんとうにつらくなったら、無断で辞めるつもりでした。実際にそうした職場もありますが(笑)。仕事でストレスを感じるのは、いつまでも勤めようとするからです。作家という職業だってそうですよ。これから先、死ぬまで小説を書くのかと思ったら気が遠くなる(笑)。書くのは嫌いじゃないけど、それだけにしがみつく気はしない。作家の才能なんてたかが知れてますから、デビューして10年もすれば枯渇してしまう。枯渇してからが、ほんとうの勝負だと思います。

怖い話』(幻冬舎)

――そうなんですか。大藪春彦賞をとられ、『東京難民』(光文社)も映画化されて、順調な作家人生を歩んでいるように見えますが。

福澤:いえいえ、肉体的にも経済的にも、あすをも知れぬ身です。ぼくが浪費家じゃなかったら、すこしは蓄えがあったかもしれません。でも、あればあるだけ使っちゃう。貧困生活が長かったせいか、中途半端に金を持ってると不安になるんです(笑)。

東京難民』(光文社)

――日々の飲み代に消えていくんですね。

福澤:生活そのものが、作家の肥やしになると考えてますから。尊敬する作家の吉行淳之介さんは「作家は弱いヤクザである」とお書きになってましたが、そのとおりだと思います。需要もないのに適当なことを書いてお金をもらうのは、堅気の仕事じゃない。すなわちアウトローです。それなのに小金を貯めたり、健全な生活設計をするのは、まちがってる気がする。たとえば最近のお笑い芸人は、ちょっと売れると、すぐお笑いをやめて仕切り役になるでしょう。あれとおなじですよ。

――作家ってそういう安定したものじゃないだろうと。

福澤:そういうおまえの小説は面白くないじゃないか、と言われれば返す言葉もないですが(笑)。いままではたまたま食ってこられましたけど、この先どうなるかはわかりません。でも無一文になって野たれ死にしかけたら、それはそれで書くネタになりますよ。

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