第9回「カツラ」/森田哲矢(さらば青春の光)連載

2015/10/15

まずは読者の皆様にゴシッパーとして謝罪しないといけないことがあります。先日の福山雅治さんと吹石一恵さんの結婚の情報を、報道のもっと前から掴んでおきながらここで公表できなかったこと、本当に申し訳ありませんでした。心より深くお詫び申し上げます。 完全に掴んでいたのにもかかわらず皆様にお伝えできなかったことは、読者の皆様への裏切り行為であると同時に、ゴシッパーとして非常に恥ずべき行為だと己を律しています。

さて、先月のコラムからエログロを捨て、芥川賞を取るべく邁進する日々。そもそも世の中にあるゴシップの9割がエログロで構築されていると言っても過言ではない中、それらを全て捨て去り実直に邁進する日々。飛車角抜きの将棋をやらされているような、はたまたパワプロ96年版でイチロー抜きのオリックスでペナントレースを闘っているような感覚で机に向かっております。エログロ以外の題材を書くべく苦悩する日々。考えても考えてもエログロしか出てこず、とうとうクスリにまで手を出す始末。

そして苦悩の末に今回僕が選んだエロでもグロでもないテーマは『カツラ』です。

これは決して芸能界だけでなく、一般社会でも往々にしてあるゴシップではないでしょうか。学校の担任、会社の上司、嫁の旦那、あらゆるところにカツラの人は存在しますよね。そして一般の方たちでも、どの芸能人がカツラかという噂は回ってきやすいのではないでしょうか。朝の情報番組の大物司会者、大阪で活動する大物作曲家、当時の大人気アイドルと結婚した大物俳優、中性的大物演歌歌手などなど。読者の方々もだいたい誰のことを言ってるのか想像はつくのではないでしょうか。
そう、彼らは皆ずるむけです。芸能界屈指のずるむけ集団です。ずるむけであるが故にカツラを被っているんです。
では、そもそもなぜ彼らはカツラという選択をしたのでしょうか? もしも頭皮が薄くなってきた場合、誰しも多少なりとも悩むと思います。そしてその際の選択肢は大きく分けて3つ。

・そのままにしておく

・薄毛をカミングアウトし、潔く丸坊主やスキンヘッドにする

・被る

この3つだと思います。大多数の人間は一つ目と二つ目を選ぶと思うんです。なんなら二つ目に関しては潔い勇気のある行動だと周囲から褒め讃えられることもあります。「あの人って薄毛だよねぇ」とひそひそ言ってた周囲の人達はその日から堂々とハゲをいじれるようになったと大いに喜ぶ可能性もあります。
しかし、果たしてそれは本当に勇気ある行動だと言えるでしょうか? 潔い行動だと言えるでしょうか? 僕はそうは思いません。
なぜなら絶対に被る方が勇気がいるからです。
カツラがバレた時のリスクは計り知れないです。陰でひそひそと噂され、変なあだ名をつけられ、真剣に喋っていても相手の目線は若干上に向いている。そんなリスクがあるにもかかわらずそれでも被る。
自分の髪質に限りなく近いものを探し、自分がしたい髪型を担当者に提示し、そこから何度も何度も打ち合わせを重ね、中々の額を支払い、完成したからといってすぐに被るのではなく、極力周囲の人間が気づかないであろう少しバタバタしている繁忙期のタイミングを見計らい、被る。長かったデビューまでの道のり。それらの努力を水の泡にするかのように一瞬でバレる。そして瞬く間に噂が広がる。
それでも被り続ける勇気。美しいとすら思えてきます。
強風の日は家から一歩も出ず、同年代のおっさん達がゴルフや将棋を楽しんでる間も家の風呂場で明日に備えカツラを入念に洗う。近くで始まった誰かへのハゲいじりには一切参加せず、自分へ飛び火してこないことを祈りながら時間が過ぎるのをじっと待つ。
どこまでもストイックに自分を追い込むずるむけ精神。
だから僕は、剃る勇気よりも被る勇気に拍手を送りたいのです。

そして彼らの一番凄いところは、絶対に直接言ってこさせないようにする、進撃の巨人ばりの高く分厚い壁を作っているというところです。過去これらの大物芸能人に「あなたカツラですよね? 絶対そうですよね? え? 違う? じゃあちょっと触っていいですか? なんでダメなんですか? カツラじゃないって言うんだったらちょっと引っ張らせてくださいよ。は? 髪型が崩れる? いや崩れてんの見たことないから疑ってんねん! 絶対カツラやん! それ取ったらずるむけやろ! すでにもみあげのとこちょっと浮いてんねん! 早よ取れや! みなさーん! この人カツラですよー!」
といじれた人がいるでしょうか? 絶対にいない筈です。なぜなら彼らは絶対にいじらせないという威圧感をギャンギャンに放っているからです。それは同時に彼らが大物芸能人であるということを証明しています。僕が仮に明日から被っていこうもんならバレたと同時に即座にいじられゲームオーバーです。しかし彼らは絶対にそれをさせない。
彼らとてバカではありません。僕らにバレていることなんてとっくに分かってる。ネットに書かれていることも、ハゲの合成写真を作られていることも全部知っている。でも気にしない。なぜなら僕ら凡人が絶対に直接いじれないことも分かっているから。気をつけるのは無邪気にじゃれてくる孫ぐらいのもの。あとは特に危険なことはありません。
そうなるともう彼らのペースです。被っていることが普通になったら彼らの人生は無敵なのです。ずっとルパンのモノマネをやっていた栗田貫一さんがある時本当にアニメのルパンの声に抜擢された時のような感覚と言ったら分かりやすいでしょうか? モノマネが本物になった瞬間=カツラが自毛になった瞬間なのです。もうただのふさふさの人です。
周囲の人間もカツラだと分かっていても次第に自毛に見えてくる、ひょっとして被ってないんじゃないか? いやそもそもハゲてすらいなかったんじゃないか? いやセンターは自毛でサイドがカツラか? などのよく分からない迷路に迷い込むのです。
そうなった時点でわたしたちの負けです。勇気を出して被った側は死ぬまでハッピーな人生を歩むのです。そして時は流れ、いずれ死が訪れた時、その人の葬式で棺桶を覗いたわたしたちはこう叫ぶのです。

 

「いややっぱずるむけかい!!」

 

と。

今回もなんだかんだ考えようによってはエロい話になってしまいすいません。