第24回「鮮烈なる小説家デビュー」/森田哲矢(さらば青春の光)連載

2017/2/15

東京にも雪がちらつき始めた2月。

 

皆様風邪など引いてませんでしょうか?
さて、前回辺りからこのコラムのブレーキもぶっ壊れ、女性支持率メーターの針は振り切れ、ぐんぐんスピードを上げ危険な状態に突入しております。
ブレーキのぶっ壊れたゲス軽自動車。振り落とされずについて来ていただける読者の皆様には本当に感謝の念でいっぱいでございます。

 

「あれ? なんか今回の冒頭比喩表現とか使ってて文学的じゃね?」

 

 

そう思われた方も多いと思います。
そうです、比喩表現とか使って文学的にしてみたのです。
なぜそんなことをしたかと言うと、最近毎晩のように思うことがあります。

 

「このコラムを続けるメリットはどこにあるんだろう?」

 

ピースの又吉さんが『火花』で芥川賞を受賞した辺りから僕は頻繁にこう思うようになったのです。
「書籍化書籍化言うてるけどこんなコラム書籍化したところで誰が買うねん? こんな下衆にまみれたノンフィクション書いててもお笑いファンやこれからお笑い芸人になろうとしてる若者達の夢壊すだけちゃうんか?」

 

そんな罪の意識に苛まれ、決断したことがあります。

 

「よし! 小説を書こう! ゴリゴリの純文学の小説を書いてオレも芥川賞獲ろ! ほんで書籍化してもっと色んな層の人に読んでもらって200万部ぐらい売り上げよ!」

 

こんな下衆にまみれたコラムを愛してくれる読者の方々には本当に申し訳ないのですが、やはり一般層を取り込まなければ世に名を轟かす文豪にはなれないのです。
このコラムの読者の方々をここで切り捨てるのは本当に心苦しいのですが、すべては芥川賞をとる為と理解していただきたく思います。

 

コントも漫才もそうですが、0から1を産み出すことの苦しさは相当なものです。
しかもそれが小説ともなるとコントや漫才の比にはならないぐらいの苦しみを伴う作業かもしれません。

 

とりあえず第一回目は以前から温めておいた設定があるので、それを皆様に披露しようと思います。

 

 

『マグロ』

 

 

ゴーン。ゴーン。ゴーン。

 

金属と金属がぶつかり合うような音の中で真田は目覚めた。
中々開こうとしない瞼をこじ開け、枕元のデジタル時計に目をやるとAM 8:50の表示。
朝に限らずどの時間帯に聞いてもけして心地良くはない音。

 

「また始まったで」

 

真田はそう呟くとすぐにベッドから起き上がりタバコに火をつけながら玄関まで行き、ドアの覗き穴にそっと目を近づける。

 

金槌を持った老婆が向かいの部屋のドアをガンガン叩いている。
朝っぱらから刺激的な光景を目の当たりにしてるにも関わらず、真田の心臓は特に乱れることなく平常に脈を打っている。

 

ここに住みだして1年、何度も見てきた光景だ。

 

真田は『食べ処 たかぎ』という親子二人で切り盛りしている定食屋の上にあるワンルームに一人で住んでいる。
山手線沿線、最寄り駅まで徒歩5分、10畳、家賃6万円という好物件は若手芸人の真田にとってはいささか贅沢とも言えるだろう。
70歳手前の母親と40過ぎの息子。
真田の向かいの部屋が息子の部屋なのだが、恐らく開店準備の時間になっても起きてこない息子の部屋のドアを金槌でひたすら叩く母親。

文字通り叩き起こしている様子をそのまま15分ほど覗き穴から見つめ、最後にその穴からの光景を携帯で写真を撮り、SNSに投稿する。

 

今やすっかり大多数の人の生活の一部になったSNS。御多分に洩れず真田も一日に何回も開いている。
昨日食べた物を載せる者。昨日一緒にいた人間を載せる者。我が子の成長を載せる者。
今日も様々な自己顕示欲という名の船が沢山の“いいね!”を釣り上げるべく大海原へ漁に出る。
一匹でも多くの“いいね!”を網にかけようと皆必死にネットの中でもがく、というへたくそな落語のオチのような現代社会。

 

少しサイケデリックな光景だったのか、今日は真田の網にも沢山の“いいね!”がかかる。

 

芸人を始めて10年、売れないながらもちょこちょこテレビに出ている成果が“いいね!”の数に反映される。
“さすらい群像劇”という特徴的なコンビ名ゆえにお笑い好きの中では多少有名だが、世間的にはまだまだ知名度はない。
そういう売れていない現状の中に少しでも心を満たそうとする浅はかな作業だと気づきながらも、今日もついつい船を出す。

 

そんなことを繰り返している真田のもとに、一件のダイレクトメッセージが届く。

 

 

N.CHIHARU

 

「初めまして! 真田さんの連載が大好きです! 毎回すごく面白くて更新されるのをいつも心待ちにしています( ´∀`)」

 

真田は『ラ・ファエロ』という雑誌のWeb版でエッセイの連載の仕事をしている。
エッセイと聞くと聞こえはいいが、金槌でドアを叩く老婆をSNSに投稿する程下世話な性格の真田は、そのコラムで芸能界の汚いゴシップや、自身のプライベートでの醜い体験談を晒すという何の生産性もない文章をかれこれ一年以上も吐き出している。

 

近頃、あまりに赤裸々に綴る文章が功を奏したのか、面白いという声をチラホラ聞くようになった。しかし人一倍警戒心の強い真田は思う。

 

あんな下衆にまみれたエッセイを好きな女ろくな奴ちゃうやろ?
そう思いながらも、無視するのも悪いと思い、

 

「ありがとうございます。今後も楽しんでいただけるように頑張ります」

 

と、当たり障りのない返信をした。

 

「わたし昔役者やってて結構ヤバめの俳優ゴシップならいっぱい持ってますよー!(笑)」

 

え? そうなの? ほしいかも?
真田の心をくすぐってくるN.CHIHARU

 

「もしよかったら飲みませんかー?♪(´ε` )」

 

うん、飲むー。
さっきまでの警戒心はいとも簡単に崩壊し、僅か数分でろくな奴じゃない女性と飲むことを決める真田。

 

「是非お願いします! 楽しみです!」

 

気がつくとそう返信していた。
SNSのダイレクトメッセージという禁断の果実に簡単に手を出す真田。

 

普通の人間から見れば極めて邪な出会い方だが、真田の頭の中では、これは大海原を彷徨い自分のもとに流れ着いたメッセージボトルだという恐ろしく都合の良いすり替えが完了していた。

 

誰が何と思おうが関係あらへん!
全ては芸の為や!芸の肥やしや!
わしは芸人や!!

 

薄っぺらい芸人論と薄汚い関西弁が真田の頭を駆け巡る。
真田は一応その女性が過去に投稿した自撮りの写真を数枚見た。

 

あれ? ちょっと可愛いんちゃう?

 

もう少し遡って写真を見る真田。

 

え? やっぱ結構可愛いよな? へー、海外に留学してことあんねやー? すげーなー。

 

時間も忘れクリックにクリックを重ねる真田。

 

あっ、好き。

 

結果、会ったこともない女性に恋をした真田。
SNSが生んだ小さな恋の歌。
そうか! モンゴル800は俺のことを唄ってたんか!!
もはやよく分からないゾーンに突入しだした真田。
会ったこともない“千春”と名乗る女性にどんどんとのめり込んでいく。

 

小さい秋どころやあれへん! 俺はどデカイ春を見つけたんや!!! ガハハハハー!!
10年芸人をやって売れないのも頷ける。
しかし、真田がここまでテンションが上がるのも無理もなかった。
なぜなら、

 

・昔役者をやっていた
・海外に住んでいたことがある
・ゲスだと理解した上でSNSで近づいてくる

 

ここまでヤリマンの条件を完璧に満たしている女性はそうそういないからだ。
真田という男はヤリマンに目がないことで有名で、エッセイの中でもヤリマンに対する熱い想いを綴っている。

 

それを読んで尚飲もうと言ってくる女はヤリマン以外の何者でもない、と真田は確信していた。
当日素っ裸で来るんちゃうか? とすら思っていた。
真田は既に100Kg超えの大間の黒マグロを釣り上げた気分でその日を待った。

 

その日は秋晴れというにはほど遠く、朝から曇り空がどこか申し訳なさそうに居座っていた。

 

中学のサッカー部の最後の試合の時もこんな空だったな、と思いながら真田は極めて不自然な緑色を羽織った電車に乗り込み、渋谷へ向かった。
結局あの後千春との数回のやりとりで、渋谷で3対3で飲むことになった。
千春から3対3で飲みたいという申し出があった時、真田は少し逡巡したが、そこで断って機嫌を損ねられても困るので渋々承諾し今日の飲み会に至った。

真田が逡巡したのには理由がある。

 

一人はヤリマンがほぼ確定しているが、他の二人のデータが全くない合コンほど怖いものはない。
行ってみたらお持ち帰りどころか浅めの下ネタにすら拒否反応を示し、そこからは当たり障りのない会話を繰り返し、金だけ払わされて終電で帰って行く多くの屍を真田は目にしてきた。

 

“ヤリマンの友達は皆ヤリマン”

 

という古くからの格言を今日ばかりは信じるしかない。
真田は普段からプライベートを常に一緒に行動しているタイヤ石橋タイヤという少し変わった名前のピン芸人の先輩と、家も近くたまに飲みに行く、日暮里グレイシーというコンビの波多野という後輩を誘い、3人で居酒屋へ向かった。

 

渋谷と言えど月曜日の居酒屋は割と空いていた。
その空いてる居酒屋で女子3人は既に飲んでいた。

 

「遅くなってすいません」

 

真田が“俺たち仕事があって遅れたんだぜ感”を含ませたトーンで謝る。

 

「いえいえ、どうも千春です」

 

アイコスを咥えた一番奥の女性が挨拶した。
当然ながら写真よりは若干落ちる。それよりも

 

アイコスを吸う女性に対して言葉では説明できない嫌悪感を感じるのはなぜなのだろうか?

 

と真田は日頃から思っていた。それならばタバコを吸ってくれた方が何倍もマシだ。
しかしながらヤリマンであることに変わりはない。それだけで真田には愛おしく思えた。
心配していたデータのなかった他の二人は、なんなら千春よりも若干可愛いかった。

 

え? そうなんや?

 

と真田は思いながらも、現段階で自分だけはほぼほぼ確定しているので、そこまでの悔しさはなかった。
むしろ他の女子二人へのアプローチをタイヤ石橋タイヤと波多野に頑張ってもらい、全員ハッピーマンデーになったら最高だなと思える余裕すらあった。

 

タイヤ「タイヤだけに、キュルキュル!」
真田「キュールキュル!!!!」
タイヤ「いやオレより強いキュルキュルすな!!」
波多野「よいしょー!!」
タイヤ「いやよいしょてなんやねん!!」

 

タイヤ石橋タイヤの持ちギャグを絡めた、コンパ限定の鉄板のくだりを何度も繰り出し女性陣を笑わせる3人。
千春以外の女子2人も、事前に真田が危惧していた下ネタに拒否反応を示すことなく好感が持てた。
しかし、いよいよこの後のプランを考え始めたその時だった。

 

「私たち明日仕事なんでそろそろ帰りますね」

 

千春以外の女子二人が急に帰ると言い出したのだ。

 

「え???」

 

青天の霹靂という言葉を具現化したような顔で固まる3人。

 

「え? 本当に帰る?」

 

本来真田たちが言うべき台詞を、いたたまれなくなった千春が言う。

 

「うん、本当に終電ヤバイから。皆さんまた飲みましょう」

 

女子2人は真田たちにそう告げると、そそくさと店を後にした。
電源の入っていないコタツの中に足を入れた時のような物悲しさが3人を覆っていた。

 

「わたしはまだ飲みますから」

 

千春のその言葉により、真田のコタツにだけは電源が入った。
しかし3人は気づいていた。
この数時間で千春という女が一番厄介な女だということに。

 

千春は29歳。今でこそ六本木で時給制のホステスをしているが、昔は有名な劇団の主宰に「お前面白い奴だな」と言われたというよく分からない自慢話から始まり、身内がテレビ局のプロデューサーをしてるという情報をほりこんで芸人達を牽制し、Jリーガーと付き合っていた時の思い出を語り出し、無意味に知ってる芸能事務所の名前を出しながら端々で業界知ってます感を押し出してくる。

 

芸人はそういう女に過敏に反応する生き物だ。
タイヤと波多野の苛立ちが真田に伝わってくる。

 

「私将来的には芸能事務所のマネージャーになりたいんだよねー」

 

アイコスの煙と共に吐き出される千春の言葉は、芸能界の端くれとはいえ十数年この世界に身を置き、こういう類のペラペラの女マネージャーを何人も見てきたタイヤと波多野を更に苛つかせた。
千春の副流煙により2人の肺は真っ黒になっていた。
女子2人に帰られ、ただでさえ目標を失ったタイヤと波多野は、ここからこの4人でAVのような展開になる僅かばかりの可能性に賭けることすら煩わしくなっていた。
いつの間にか酒からコーラに切り替えているタイヤと波多野。

 

「そろそろ俳優ゴシップ教えてくれへん?」

 

何とかタイヤと波多野の機嫌を戻すべく真田が言った。

 

「えー、もうちょっとお酒入れてからねー」

 

とうとうタイヤ石橋タイヤはそこで帰ることを決断した。
狙っていた女にも帰られ、大したゴシップも出てこず、どこまで続くか分からない目の前の女の何一つ面白くない半生を振り返るとてつもなく不毛な時間に耐えられずにとうとう白旗を揚げたのだ。

 

「これ以上おってもタイヤが磨耗するだけやし帰るわ!」

 

という捨て台詞を残し、タイヤ石橋タイヤは帰って行った。
石橋が帰った後も千春は容赦無く続ける。

 

「夜景とかそういうデートより純喫茶に連れてってくれる人がいいなー。普通の男女が行かないような変わったとこに連れてってくれる人が好きー」

 

ここで波多野もギブアップ。
波多野という男は、現代社会に蔓延る“私個性的でしょ感”を醸し出してくる女性を普段から忌み嫌い、自身の漫才にもその怒りを投影するほどの人間だ。
その波多野のアンテナに『純喫茶』という絶妙な個性的ワードが引っかかってしまった。
まるで波多野が飲んでいるコーラに純喫茶という名のメントスが入り大爆発を起こしたような、そんな光景だった。

 

「真田さん、僕もぼちぼち帰ります」

 

怒りに歪む波多野の顔を見ながら真田は思った。
タイヤ兄さんも波多野もキャパが狭いねんなー。目の前にいるのはヤリマンやねんで?
確かにこの数時間は中々の荒波やったかもしれん。
でもどれだけ酷い荒波に揉まれようが、港ではヤらせてくれる女が男の帰りを待ってんねんで?
その港を想像したらどんなしんどい発言も全部愛おしく思えるけどなー。

 

真田はことヤリマンに対しては神様よりも寛大な男だ。

 

「じゃあもう店出よか? 波多野家近いしタクシーで送るわ。千春ちゃんはオレの家で飲み直そ?」

 

後輩への優しさを見せながらもごく自然に千春を宅飲みにいざなう真田。

 

「えー、うーん」

 

そんなノリノリで行くわけではないからね、というニュアンスを含ませながらも結局は行く方向の返事をする千春。

 

THE ヤリマンの返事。

 

はい来たー!!
な? な? 波多野?
オレの言った通りやろ?
結局最後までヤリマンを信じきった奴が勝つねん!

 

とうとう100kg超えの大間の黒マグロが真田の針に掛かった。
一気に糸を巻き上げる真田。

 

この糸が真田にとって運命の赤い糸になるのか? それとも真田に垂らされた蜘蛛の糸なのか?
とにかく色んな思いが交錯し、絡まり合う糸であることだけは間違いないようだ。

 

 

前編 完
この物語はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません。

 

長編小説『マグロ』、いかがだったでしょうか?
たまたま火花と同じ芸人の物語になってしまいましたが、鮮烈の小説家デビューと言えるのではないでしょうか?

 

「本当にフィクションか? どう考えても真田はお前だろ! そしてタイヤ石橋タイヤはあいつだろ!」

 

「なんか小説家が使いそうな単語とか、それいる? みたいな比喩表現でごまかしてるようにしか見えなかったけどな? 逡巡なんて言葉、東野圭吾の小説でしか見ねえけどな?」

 

「曇り空が申し訳なさそうに居座ってる状態ってどんな状態だよ? あと不自然な緑色を羽織った電車って山手線でいいのか? だとしたらなんでそんなややこしい表現にすんの?」

 

などの意見は一切受け付けません。
全ては純文学とはそういうものだとだけ言っておきます。
そして恐らく後編からは文藝春秋での連載になると思います。
あともし実写化した際はもちろん渡哲也さんに主役をやってもらおうと思ってます。

 

さあ次回はいよいよ真田家というワンルームの荒波に揉まれながら、真田と黒マグロの命を賭けた死闘が繰り広げられます!
果たして真田は100kg超えの黒マグロを見事釣り上げることが出来るのか!?
そして誰もが予想だにしなかった驚愕のラスト! 下衆読者の心が感動に包まれるかも!

 

乞うご期待!!