東大を中退、起業した学習塾は経営難――。ベストセラーシリーズ「空想科学読本」は挫折から

更新日:2017/7/2

 累計500万部突破のベストセラー『空想科学読本』シリーズ。その最新刊は、角川文庫版としてその第2弾が発売となった。『ルパン三世』石川五エ門の斬鉄剣は何でも斬れるのか、『弱虫ペダル』巻島裕介のダンシング走法は本当に速く走れるのかなど、厳選の傑作テーマ32本を収録。その読みどころを、同シリーズの誕生秘話も合わせて、白衣がトレードマークの著者、柳田理科雄さんに伺った。


■中学生の時代の議論が唯一無二のジャンルを生む

 記念すべき第1作が刊行されたのが1996年。その後、シリーズ化され、ジュニア版も加わり、今年で21年目を迎える。ここまで続くとは夢にも思わなかったと、柳田さんは言う。それもそのはず。そのきっかけは、生活のための、いわば「苦肉の策」だからだ。

 小学生の頃から「科学者」を夢見て、鹿児島の名門県立高校から東大理科Ⅰ類に進学する。しかし、大学との折り合いが悪く中退。その後、塾講師を経て、30歳のとき、理想とする学習塾「天下無敵塾」を立ち上げた。しかし、「経営的センスがまったくなかった」ために、経営は5年で立ち行かなくなる。

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 そんな柳田さんに「本を出さないか」と声を掛けたのが、中学時代の同級生だった、編集者の近藤隆史さん。着想のヒントは中学時代。ウルトラマンは身長40メートルに対して、体重は3万5000トン。これは重すぎないか。そんなことを夢中で議論していた。それを科学的なアプローチで検証して、読み物にしたら面白いのではないか……。しかし、当の本人は乗り気ではなかった。文章を書くことに興味も喜びも感じられなかったからだ。それでも引き受けたのは、収入という魅力だった。

「何の実績もない無名の人間が書く本としては、異例の初版1万部。しかも、印税契約でした。計算すると96万円が手元に入る。それを聞いて即、引き受けました。しかし、人を楽しませる文章なんて書いたことがありません。結局、4回書き直して、やっと刊行にこぎつけました」

 そして世に出た「空想科学読本」は60万部の大ヒット。一方、著者自身は本を書くのはこれが最初で最後と決めていた。しかし、手にした資金で塾の再建を望んだものの、幸か不幸かそれは実現できず、気がつけば2冊目を執筆することに。空想科学という唯一無二のジャンルでのベストセラー作家は、こうして生まれることになる。


■空想は絶えず、科学の先を進んでいく

 最新作『空想科学読本 正義のパンチは光の速さ!?』は、過去に収録されたテーマからよりすぐりの32本を厳選。初めてこのシリーズを手にする人には、うってつけの入門書となるはずだ。と同時に、このシリーズの愛読者にとっても、予期せぬ魅力が隠されている。

「各テーマを書いた時期がバラバラですから、当然、論調も、そのときの時代背景も違います。しかし、そこはあえて直してはいません。ウルトラマンがマッハ5で飛ぶと衝撃波で自分の首が飛ぶ。当時は笑い転げて書きましたが、今はファンの気持ちを考えると、とても書けません。そんな、良くも悪くも初期の〈荒削り〉だった時代と最近の原稿とのギャップ。そんなところも今回の面白さのひとつだと感じています」

 一方で、科学技術の進歩とともに、加筆した部分もある。ドラえもんのタケコプターの考察の回で、実際に飛ぶための手段としてドローンにも言及しているが、それもそのひとつだ。

「最初に書いた頃は携帯電話もない時代ですから。今の科学技術、最新テクノロジーを必要に応じて盛り込まないと、読んでいて違和感が出てしまいます」


 また、今回の最新版を手にして改めて思うことは、このシリーズは、その科学的検証のユニークさだけでなく、すでにそのテーマから面白さが始まっている、ということ。そして、それを支えているのが「空想科学 図書館通信」だ。「高校生の疑問に、柳田理科雄がFAXで答えます」という企画を立ち上げたのが2007年のこと。その案内は全国6000の高校に送られ、賛同してくれた高校から少しずつ質問が来るようになる。

「僕らでは気付かない疑問を投げ掛けてくれます。例えば、今回収録している、スーパーマリオに登場するピーチ姫は誘拐され過ぎでは、というテーマ。僕らは、新しいゲームのスタートという意味だね、フンフンで終わる。しかし、視点を変えれば、前回もさらわれる、今回もさらわれる。これは現象としておかしくないか。高校生の視点によるリアル、その感覚が新鮮で面白いんです」

 空想科学読本とは、空想の世界にリアルを持ち込み科学的に検証する、その実生活とは一見無縁なエネルギーの放射である。しかし、人類を救い、豊かにしてくれる科学とは、実はそういうプロセスから生まれるのではないか……。「空想は絶えず、科学の先を進んでいます」と語る著書の大いなる研究は、まだまだ続きそうだ。

取材・文/清水京武  写真/山本哲也

◆著者プロフィール
柳田理科雄
空想科学研究所主任研究員。代表作に「空想科学読本」シリーズ。また、各地での講演、ラジオ・TV番組への出演なども精力的に行っている。

◆関連リンク
空想科学読本研究所:公式サイト
公式ツイッター:@KUSOLAB

◇書籍紹介
マンガやアニメに登場する、驚異的なアイテムや技は実現可能なのだろうか? 無理やり実現したら、いったい何が起こるのか!? 本書では『ドラえもん』のタケコプター、『ルパン三世』五エ門の斬鉄剣、『黒子のバスケ』緑間の3Pシュート、『弱虫ペダル』巻島先輩のダンシング走法……など、誰もが気になる32テーマを科学的に検証する。累計500万部突破のベストセラー『空想科学読本』シリーズから傑作原稿を厳選した第二弾!
◆プロフィール
柳田理科雄
1961年鹿児島県種子島生まれ。東京大学理科Ⅰ類中退。96年、経営していた学習塾の赤字を埋めるために『空想科学読本』を執筆したところ、60万部のベストセラーに。だが、塾は潰れてしまい、99年空想科学研究所を設立して研究と執筆に専念。2007年、希望する全国の高校図書館に向けて「空想科学 図書館通信」の毎週無料配信を開始する。13年スタートの『ジュニア空想科学読本』(角川つばさ文庫)が小中学校でブームになるなど、読者層はいまなお拡大し、著書の総累計部数は500万部。明治大学理工学部非常勤講師も務める。

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