「最大の被害者は実は読者自身」海賊版サイトがマンガ誌に突きつける課題とは?

社会

更新日:2018/10/26

 マンガが無料で読めてしまう海賊版サイトが波紋を拡げている。被害額は500億円ともいわれ著作権が侵害されていることは疑いようがないが、運営者が特定できず摘発が難しかったり、摘発後も同様のサイトが次々と生まれたり、いたちごっこが続いている。なぜこんな状況になってしまっているのか? これが続けばマンガはどうなってしまうのか? 出版業界はこの問題にどう対応すればいいのか? いくつかのポイントに分けて考えたい。

■どうしてこうなった?

 海賊版マンガサイトの運営者は、「違法ではない」とうそぶいている。その理屈は、「インターネット上のマンガ画像へのリンクを提供しているに過ぎないから」というものだ(このようなサイトは、サイト内にデータを蓄積するリーディングサイトと区別して「リーチサイト」と呼ばれている)。

 たしかに著作権法の観点からは、リンクを提供しているだけであれば違法性を問うことは難しい。昨年まで海賊版サイトの代表格だった「はるか夢の址」もこのリーチサイトを謳っていたが、実際は自らもマンガの違法アップロードに手を染めていたことから摘発に至っている。

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 そういった背後関係が明らかになれば摘発の可能性も出てくるが、運営者が海外にいたり、サーバーが著作権法が及ばない海外にあったりするとその難易度が上がる。実態として日本での展開が行われていれば違法性は問えるのだが、「はるか夢の址」のときのような捜査が行いにくいのだ。

 ユーザーの側の意識・環境の変化も大きい。まず、本連載でも繰り返し述べているように、マンガを電子で読むというのはあたりまえの光景になった。スマホにはcomicoのような基本無料のマンガアプリが数多く存在している。そんな中、あらゆるマンガがパソコン・スマホで無料で読めてしまう海賊版サイトは、以前よりも身近に感じられてしまっている、という面は否めない。

■マンガはどうなってしまうのか?

 最大手の海賊版サイトは月間1億人近いアクティブユーザーを集めており、莫大な広告収入を得ていると考えられる。そんな海賊版サイトでいくらマンガが読まれても、マンガ家を始めとした権利者には収益の還元は一切ない。

Googleトレンドでこれまで注目された海賊版サイトの検索数を比較。2017年春以降、海賊版サイトの検索数が急激に増えていることが分かる

 この状況が続けば、マンガ雑誌がさらに減り→刊行されるマンガが減り→新しい作品が生まれる/読める機会が減る、という負の連鎖が加速することになる。著作権に詳しい福井健策弁護士がいうように「最大の被害者は実は読者自身」(※)ということになってしまうのだ。

(※) 出典:漫画海賊版サイト「最大の被害者は読者」 福井弁護士に聞く

■どう対応すれば良いのか?

 マンガは、雑誌と単行本の2段階のバリューチェーン(モノが生まれて価値を生むまでの一連の流れ)から成り立つ産業だ。

(筆者作成)

 無料マンガアプリがそうであるように、マンガ誌は収益を生むというよりも、多様な作品がキュレーションされ、読者と作品が編集者によって引き合わされる場、という意味合いが強い。そこで支持を得た作品は単行本として改めてパッケージングされ、高付加価値の商品として出版社や作者に収益をもたらしてきた。

 海賊版サイトはこの2つのバリューチェーンを、根こそぎかすめ取るものだ。

 実は、マンガ誌以外の雑誌は既に読み放題サービスへの移行が進んでいる。

dマガジンの参加雑誌一覧

 マンガ誌は「雑誌不況」といわれる状況にあっても、それなりに部数を維持しており、単行本へと読者を誘う役割も担っている。そのため人気マンガ誌はまだこういった横断型の読み放題サービスへの参加には積極的ではない。

(講談社コミックDAYS公式サイトより)

 もちろん「海賊版サイトでマンガを読むことはマンガを殺すことになる」といった啓蒙も重要だ。政府によるサイトブロッキング(違法なサイトへのアクセスを遮断する)といった方策も検討がはじまる。しかし、これらの対策の効果は残念ながら限定的だ。

 サイトブロッキングは国による表現規制につながらないのか、という危惧も根強い。仮にその手続きが公正に行われたとしても、これまでの摘発と同様に、また別のサイトが登場することは想像に難くない。

 また読者の意識としては、「雑誌ごと、あるいは出版社1社だけでは読み放題と言われても魅力に乏しい」というのが、本音になっているのではないだろうか? 講談社が3月からコミック6誌の読み放題サービス「コミックDAYS」を開始しているが、既に映像や音楽の世界では横断的な定額サービスが普及している。

 テレビの世界でも、アニメやドラマ・情報バラエティが局ごとに見放題となるサービスが数多く存在したが、NetflixやAmazonプライムビデオのような大手プラットフォームに集約される流れになっている。利用者の利便性からすれば、「あらゆるコンテンツがそこに存在し、検索やリコメンドで自分好みのコンテンツに出会える」という条件が満たされなければ、違法ながらそれを満たしてしまっている海賊版サイトから乗り換える合理性がない、ということになってしまう。

 出版社自ら横断的な定額読み放題サイトを運営する、もしくは既にあるプラットフォームに良い条件で参加する、といった大きな取り組みが求められているのだ。

文=まつもとあつし

<プロフィール>
まつもとあつし/研究者(敬和学園大学人文学部准教授/法政大学社会学部/専修大学ネットワーク情報学部講師)フリージャーナリスト・コンテンツプロデューサー。電子書籍やアニメなどデジタルコンテンツの動向に詳しい。atsushi-matsumoto.jp