出版界が「軽減税率導入」で直面する問題とは? ポルノと違い線引きがあいまいな有害図書は排除

社会

更新日:2018/10/26

(一般社団法人 日本新聞協会資料「新聞の社会的役割と消費税軽減税率」より)

「有害図書」を間引く?

 来年10月の消費税率10%への引き上げを巡って、出版界に不可解な動きがある。軽減税率が適用される新聞に続いて、書籍や雑誌もその適用を目指そうという活動のなかに「有害図書を排除する」という要件が加えられているのだ。

 この軽減税率は、「低所得者の家計負担を和らげる」ことを目的としたもので、すでに米やパンなど酒類や外食を除く飲料・食料品がその対象になることが決まっている。つまり、生活必需品については税率を据え置くことで家計や経済への影響を最小限にしようというものだ。

 新聞・出版業界は公益社団法人文字・活字文化推進機構を設立し、「出版物は心の糧である」として、書籍や雑誌についても飲料・食料品同様に軽減税率の適用を求めてきた。それに対して、与党は「その日常生活における意義、有害図書排除の仕組みの構築状況等を総合的に勘案しつつ、引き続き検討する」という方針を示している(2016年度与党税制改正大綱)。つまり、政府は、「有害図書」には標準税率が適用されるよう出版業界自ら「間引き」を行うことを求めているわけだ。

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 海外でも出版物に対する軽減税率はすでに適用されている国が多く、例えばフランスではポルノ雑誌はその対象外になっている。日本でも有害図書を間引いて何が問題なのかと思う読者もいるかも知れない。しかし、乳房や性器の描写など表現による線引きが明確なポルノと異なり、日本における「有害図書」は何をもって「有害」と判断するのか、その境界は非常に曖昧で結果として恣意的に運用されている。

 具体的には都道府県知事が地域の条例などに基づいて指定することになっているが、最近でも研究書として刊行された稀見理都氏の『エロマンガ表現史』が、北海道で有害図書指定を受け、18歳未満への販売が禁止されたことに批判が集まっている。歴史を振り返っても手塚治虫の『アポロの歌』、永井豪の『ハレンチ学園』や桂正和の『電影少女』といった一般誌掲載の作品もこの指定を受けるなど、その時々の曖昧な判断基準で運用されてきた経緯がある。

(稀見理都『エロマンガ表現史』太田出版)

 また、出版業界が自主的に有害図書かそうでないかを判断し、適用税率を変えることは「租税法律主義」(法律の根拠に基づかずに租税を賦課、徴収することはできないという憲法で規定された原則)に反するという指摘も山田太郎元議員(日本を元気にする会)ら政治側からも示されている。

「表現の自由」を捨てることになる?

 軽減税率の適用を巡っては、飲料・食料品への適用を巡っても「外食はなぜ除外されるのか?」といった疑問や、「業界と政治を巡る新たな利益誘導(利権)ではないのか」という批判も寄せられている。出版業界が求める書籍・雑誌への軽減税率適用に対して、「有害図書排除の仕組みの構築」という条件が政治側から提示されたのも、児童虐待の根絶を目指して活動してきた「子どもの未来を考える議員連盟」の影響があると考えられる。

(YouTube「ポリシー」より 何をもって「ヌードや性的なコンテンツ」に該当するか具体的に示されている)

(北海道「青少年健全育成条例」より。カコミ部分は筆者、知事による認定が主観に基づくもので、その範囲も広い)

 児童虐待など具体的な被害が生じている場合は、その規制も当然検討されるべきだ。しかし、基準が比較的明確なポルノや暴力表現ではなく、科学的な因果関係も明らかになっていない「有害か否か」という曖昧な線引きを、出版社自らが行って適用税率をコントロールすることは租税法律主義に反するだけでなく、政治側の要求に沿う形で間接的な検閲を行うことを意味し、出版社が本来守るべき「表現の自由」を、税率の軽減と引き換えに自ら捨てることにもつながりかねない(この問題は以前取り上げたブロッキングにも通じるものがある)。

 出版広報センターのウェブサイトに設けられた「軽減税率についてのQ&A」というコーナーには次のような項目がある。

Q5 出版物に軽減税率を導入している国では、すべての出版物に適用しているのでしょうか?
A5 フランスではポルノ雑誌は標準税率となっています。イタリアでは25%のポルノ税が課されています。日本ではポルノは解禁されていませんが、自主的に青少年への販売制限を行っている出版物があります。現在出版界では、すべての出版物への軽減税率の適用を求めていますが、青少年に販売を制限している出版物については、国民の理解を得るために、自主的に標準税率とすることもありえます。

 ここにあるように、「すべての出版物への軽減税率の適用を求め」るのが、本来出版社が取るべき姿勢だ。実際、すでに軽減税率の適用が決まっている新聞には「週2回以上発行される宅配紙」であるということ以外にその内容についての条件などないのだ。あるいは、フランス・イタリアのような基準を取り入れるのであれば、同様に恣意性が入る余地が小さい「ポルノ」(※ここにあるように法的には日本ではポルノが解禁されていないが、それに類する表現物はすでに多数存在している)を対象とするべきだろう。

 売上の減少が続く出版業界が、軽減税率に期待を掛けたいという背景も理解できる。また、「ポルノ」(的な表現)全体に標準税率の適用を拡げてしまっては、今度は対象が大きくなりすぎ却って売上が縮小するという懸念があることも容易に想像できる。しかし、政治すなわち権力からの要請に沿って、その内容についての検閲や表現規制を行う仕組みを整えるというのは、表現の自由を自ら捨てるきっかけにもなりかねない。もう一度、出版と表現の自由のあり方について慎重な検討が必要ではないだろうか?

取材・文=まつもとあつし

<プロフィール>
まつもとあつし/研究者(敬和学園大学人文学部准教授/法政大学社会学部/専修大学ネットワーク情報学部講師)フリージャーナリスト・コンテンツプロデューサー。電子書籍やアニメなどデジタルコンテンツの動向に詳しい。atsushi-matsumoto.jp