【第8回】ちゃんもも◎『刺激を求める脳』/幸正#4

文芸・カルチャー

2018/9/1

 逃げても逃げても、どこまでも追いかけてくる。

 新たな一歩を踏み出したつもりだったが、それは新たな悪夢の始まりだった。

 それまで生きてきた人生の大半を否定され、欠如した感情は元通りにはなってくれなかったが、東京に戻った僕はそれまでどおりの振る舞いを続けた。連れて帰った彼女を三谷さんをはじめとする劇団のみんなに紹介し、それまで付き合っていた彼女とはすぐに別れた。

 それから一年ほど経ち、小劇場で公演を続けていくうちに、ある話をもらった。今でもよく通っているあの喫茶店のマスターに、近々一人で店に来るよう言われた。

 劇場公演の度にチラシを置いてもらったり、壁にポスターを貼ってもらったりしている間柄なので断ることはできなかったし、そのつもりもなかった。

 話の内容はこうだった。

 マスターの紹介で、舞台を観た彼の古くからの知り合いである芸能事務所の社長が僕に興味を持った。劇団そのものではなく、僕一人に。

 よければ、ある大女優が主演する映画の脇役が空いているからどうだろうか、とのことだった。

 僕の中では一も二もなく即決であったが、マスターは気を使ってくれたのか、これは『劇団に対する裏切りなどではなく、僕がこの作品に出演することによって劇団そのものを引き上げることになる』と何度も言い方を変えて説明してくれた。

 お気遣いはありがたかったが、僕は劇団がどうなったとしてもどうでもよかった。僕が『僕の実力』でのし上がれればそれでよかった。

 話はとんとん拍子に進み、僕は後に観客動員数が日本映画のTOP10に入る大作に出演することが決まった。

 劇団は荒れた。

 元々、趣味の延長程度にしか考えていなかった者と、役者志望の者とが半々くらいだった。『なかよしこよし』で楽しくやっていきたい者たちからすると、僕一人で本格的に芸能界のドアを叩くということについて、マスターの言っていたとおり今まで『みんな』で頑張ってきたことへの裏切り行為と見做された。

 結局、話し合いの結果『劇団ムー』は空中分解したが、僕の後に続くことを目標として約半数の人間が残り、劇団のかたちも名前も改めるということで落ち着いた。

 僕一人で芸能事務所に所属してしまうと、そのままいいように使われてしまう心配もあり、三谷さんには役者として引退してもらい、僕と一緒に芸能事務所のスタッフとして入り、僕のマネージャーとして活躍してもらうことにした。

 慢性的に人手不足な業界なので、三谷さんの入社はすぐに認められた。後々、他の劇団のみんなも所属させてもらう前提で晴れて僕は芸能人になった。

 それから大学にはまったく行かなくなり、辞めてしまった。

 映画の撮影に入ると、僕自身が幾日も拘束されてしまうため、彼女ともだんだん疎遠になっていった。その後あまり連絡を取り合った記憶がない。

 彼女は僕が本格的に役者の卵になったことを心から喜んでくれていたが、それと同時にすごく寂しそうな顔をしていた。

 マスターが言っていた『ある大女優』とは当時異常な人気を誇っていた高橋真理子のことだった。僕とは『主演女優』と『脇役の新人』という関係なのであまり接点はないと思っていたが、撮影がはじまってみると、人気女優の風格は残しつつもとても気さくで親しみやすい人だった。

 こうした本格的な映画の撮影などはじめてで、戸惑いの連続であった僕にとってはとてもありがたい存在だった。夜、撮影が終わると行きつけのBARに連れて行ってくれ、親身になって話を聞いてくれた。

 僕たちが特別な関係になるまで、そう時間はかからなかった。

 映画というものは撮影が終わっても実際に公開されるまで数ヶ月から一年ほどかかる。撮影自体は三ヶ月ほどで終わったが、それが日の目を浴びるのは当分先ということだ。

 その間、マネージャーとなった三谷さんの必死の営業活動のおかげで小さな仕事が少しあったが、一気に時間を持て余すようになった。映画の撮影が終わっても、僕は毎晩のように忙しかった真理子の家に夜中こっそりと通い、身体を重ね合った。

 僕のような脇役がせいぜいの若造と、当時人気絶頂の女優の秘められた関係という付加価値はあったものの、僕からするとそれまでの嫌なことをすべて忘れるために大人の女性の胸に顔を埋めて眠りたいだけだった。

 どちらかというと真理子に求められるがままに僕という人間が存在していた図式だったが、すぐに僕の方が真理子という大人の女性にどっぷりとのめり込んでいき、真理子のいない日常など考えられなくなっていった。正直、真理子が女優であろうが人気者であろうが僕にはどうでもいいことだった。

 数ヶ月後、とうとう映画が封切りになった。

 ヒットしたことは先述のとおりだが、そのタイミングで仕事が山のように舞い込んできた。もちろん三谷さんはよく頑張ってくれていたと思うが、それにしても信じられないようなオファーが次々と届いた。世界の○○と呼ばれるような監督の最新作の準主役、ヒット間違いなしと言われていた原作ありきのテレビドラマでいきなり主演と、それは目まぐるしいものだった。

 それを受け、事務所の社長も約束のとおりに劇団のみんなを受け入れるしかなくなっていた。

 僕の名前も世の中に認知されていき、劇団の方も本格的に動かしていこうということになり、『それぞれがそれなりの活躍が出来たときには俺たちの時代がくるぞ』、なんて夢物語を極めて冷静に、平然と口から吐けるようになっていた。

 ちなみに、真理子は僕が劇団出身だということを知らない。

 舞台に出ろとしきりに僕に説教をしていたが、内容に関わらずそのすべてがありがたかった。もう、すっかり真理子に心を支配されていた。何もかも失ったとしても、真理子さえ居てくれればそれでよかった。

 いつか僕らの関係が新聞や週刊誌にすっぱ抜かれたことがあったが、そのときはまだ僕の名前は真理子の名前の後に小さく載るだけだった。

 悔しかった訳ではなく、早く真理子の男として同じ目線で話が出来るようになりたかった。それだけが生きがいだった。

 昼も夜もなくひたすらに奮闘し続けた。

 多忙を極め、スタジオや撮影現場など到る所に居た僕は、休憩時間などに売れ始めた頃に共演させてもらった当時としては面と向かって話など出来るはずもない大物俳優や、僕を抜擢してくれたプロデューサーなどと再会し、話をさせてもらうようになった。

 僕は素直に嬉しかった。大きくなったな、頑張れよ、と目を見て言われるようになったのがとてつもなく嬉しかった。

 少しずつ『女優、高橋真理子』の立ち位置に近づいていっていると思っていた。

 しかし、それは純粋に僕に向けて言われていた言葉ではなく、その大半は真理子に向けられていたものだった。

 僕に会う『奴等』はみんな口を揃えてこう言った。

「真理子は元気にしているか?」

「真理子に受けた恩義を返さないとな!」

 僕はこの人たちを含めたすべての『真理子と関係を持った大人たち』から事の真相のすべてを聞き、耳を疑った。

 運命は繰り返す。それは必然であり、偶然などではありえない。

『また』か、と思うより先に、真理子への失望に胸を切り裂かれた。

 毎日、早く真理子の喜ぶ顔が見たくて家に帰るのが楽しみで仕方がなかったんだ。

 真理子のいない人生なんて考えられなかった。母のようでもあり、姉のようでもあり、ときにはかわいい妹のようでもあり、情けない話だけど依存だってしていた。

 そんなことはどうでもいいよ。なによりも、僕は真理子を愛していたんだ。

 このときの想いを述べろと言われればいくらでも述べ続けられるが、ただただ、『絶望』と『失望』が、繰り返し交互にやってきては僕の心を壊していった。

 下衆野郎のフリをして少しカマをかけたくらいでベラベラと簡単にしゃべりやがって! そんなに「高橋真理子」と寝たのが嬉しかったのかよ!

 こんな老い先短いおっさんが、真理子の身体の反応を俺よりもよく知っていやがる。俺でも知らない敏感な部分をよく知っていやがる。俺もまだ汚していないところまで気が済むまで使い倒していやがった!

 僕の真理子が。こんな子汚い豚野郎どもに。身体の隅々まで汚し尽くされていた。

 僕の心は、完全に壊れてしまった。

 それ以来、僕は真理子を抱けなくなった。心はまだ依存していたが、信じられはしなくなっていた。僕らがどんな関係かわからなくなってしまった。そして、真理子のおかげで、無くした筈の感情をいつのまにか取り戻していたことを知った。

 それからは、仕事も三谷さんが取ってくる仕事以外は受けなくなった。それも三谷さんとじっくり話し込んで決めた。

 丁度よく全編地方ロケの映画の仕事があったので、迷わず決めた。『僕が真理子の過去を知ってしまったことを知らない』真理子と同じ空間にいるのがつらくて仕方が無かったからだ。東京から永く離れるのも久しぶりのことなので少しは気分が紛れるだろう。

 あまり予算のある映画ではなかったため、共演者もそのほとんどが無名に近い初対面の役者たちだった。

 一人ひとりに「はじめまして」と挨拶をしておこうと、ちょうど正面にいた女優と目が合った瞬間、僕は自分の目を疑った。そこには地元に帰ったはずの『彼女』がいた。

 その後、失踪同然に家を出た彼女は、本名ではない名前で細々と役者の仕事をしていた。

 もしかすると、僕がまた遠くに行ってしまうと思ってあの時と同じように僕と同じフィールドに来ることをあの時点で心に決めていたのかも知れない。彼女の性格ならやりかねないことだ。もしそうなら本懐を遂げたということだろうか。

 享年二十七歳。

 彼女は車に轢かれて死んだ。

 撮影中、宿泊していたホテルで僕と交わった数日後、撮影が終わってすぐのことだった。泣きながら山道を歩いているところを黒塗りの車に轢き逃げされたと三谷さんから聞かされた。彼女の顔には涙の跡が残っていたらしい。

 クランクアップ直後に一人だけすでに東京に戻っていた僕が、普段なら寝ていようが何をしていようが必ず連絡の取れる三谷さんと連絡が取れずに困っている間の出来事だった。

 もう悲しいのかどうなのかもよくわからなかった。

 彼女の笑顔も思い出も頭では覚えていたが、悲しいというよりも虚無感しかなかった。

 もうすべてがどうでもよくなった。僕を作り上げたうちの一人がいなくなっただけだ。ただそれだけのことだ。それ以上の感情は沸いてこなかった。

 一度、僕を支配した女が亡くなったという出来事がきっかけになったのだろうか、この日、僕は真理子との別れを決めた。同時に、

『もう二度と誰かを愛することはない』

 そう心に深く刻み込んだ。

 僕の気持ちが真理子から離れていくのと反比例するように、僕に対する真理子の想いが深まっていくのが手に取るようにわかってしまっていた。

 真理子に対して愛する気持ちと穢れたものを見る目線が心の中で同居しながら、決心が揺るがないことを確信するまでしばらくの時間を要し、それからは如何にして真理子のマンションを出て行こうか思案の毎日だった。

 これまで『結婚』という言葉が出たこともなければ、子供を欲しがる素振りもなかった。僕としてはそのうちそうなっていくのだろうと思っていたが、彼女はまだ『女優』であることに固執していたんだと思う。

 三十歳になる少し前をピークにして真理子の人気は影をひそめていった。

 それまでも女優という職業柄、その『美』を保つために色々としていたが、少しずつ仕事が減り時間を持て余すようになってからは割く時間も行動も増えていった。夏の日差しや暑さ、なにより『汗をかく』ということを毛嫌いしていた真理子が、フィットネスジムに通い出すなんて思ってもみなかったし、本人も割りと楽しんでいたと思う。身体は努力した分だけ引き締まっていき、三十代とは思えない健康的な美しさを纏っていった。

 当然、真理子は僕の気持ちが離れていっていることもその理由も知らなかったと思う。

 しかし、なぜだかすべてを知った上でなんとか僕を慰留させようとしているようにしか思えなかった。

 愛情とは不思議なもので、一度壊れ始めてしまうと相手がその修復をしているわけではなくともそう見えてしまうし、それが異常にウザったくなってしまう。

 別れを決めている方からしてみればこれほど別れを切り出しづらい状況はなかったが、その気持ちも隠し切れるものではなくなっていき、僕は段々と真理子に対して冷たい態度を取るようになった。

 少しでも時間が空けば、新居探しに充てた。三谷さんにも内緒で、ひとりで行動した。

 これはあまり知られていないことだが、なにか気に触ることがあると真理子本来はく気性が荒い。普段は気さくで人当たりも抜群によく、話し方もまるで活発な少女のようで、共演者や現場スタッフからの評判はとてもよく、みんな口を揃えて「こんなにかわいらしい人だと思わなかった」と言う。

 聞いた話だが、時折『もう一人の真理子』が顔を覗かせる。真理子のマネージャーが半年以上、続いたことはない。とにかく自尊心が強すぎるのだ。

 なにもかも自分にとって都合よく前向きに物事を受け取るその反面、自覚があることに対して少しでも突つかれれば静かに怒りの火を灯し、氷のように冷静にその対象となった人間の心をズタズタに切り刻む。

 それまで僕にそんな顔を見せたことはなかったが、心配だった。すべての準備が整ってから別れを切り出そうと思っていた。そうでなければ別れを切り出したそのときに、真理子がどう出てくるものかわからなかったからだ。面と向かって話を切り出せば刃傷沙汰もあるかも知れない。

 まだ真理子を愛しているときならばそれもアリだったかも知れないが、別れを望んでいる状態でそうなってしまっては本末転倒もいいところだ。

 それに、僕は真理子に別れの理由を告げるつもりはなかった。僕には少なからず感謝の念もあったからだ。その手段はどうあれ、僕をここまで押し上げてくれたのは紛れもなく真理子だ。

 壊れながらも揺れ動く気持ちを整理するまでにかかった時間、その中で、愛した人の隠れた裏切りに感謝ができるほど、殊更、僕の心は冷め切っていた。

写真モデル=シイナナルミ
撮影=飯岡拓也
スタイリング=TENTEN