【第16回】ちゃんもも◎『刺激を求める脳』/手紙#4

文芸・カルチャー

2018/9/9

 マスター、忙しいときに入れてもらって、なんだかすみません。というような当たり障りのない会話を振ると案の定。

「今日は有名な劇団の打ち上げがあってね。知ってるかな? すぐそこの初美座で公演をしたあとは必ずうちに来るんだよ」

 咄嗟に驚いた素振りで、私は次に出す言葉を考えたの。

「私、友達に誘われて偶然観に行ってたんです。さっきまで」

 あくまでも、偶然であることを演出しながら、私の口はこういう時にすらすらと自分に都合良く事が運ぶ台詞を永遠に吐き続けられる天才的な脳のスピードを感じながら、話を進めました。

 普段から、『近所に引っ越してきて以来通っている常連の女の子』である私に対して、到着した一向が盛り上がったところで挨拶のひとつはさせてもらえるような雰囲気をつくるのです。

 そのときの私はというと、私と幸正さんの出会いのときが刻一刻と迫っていることの喜びと落胆が同時に襲ってきた。またすぐに思い通りになってしまった、と。

 映画スターであるはずのあなたと一般人である私の間にあるように思えていた高い壁はなく、貴方もまた私と同じように東京の地面を踏む一体の個人にすぎないことを感じるとすごくがっかりもした。

 だけれど、私の思い描く世界を貴方を使ってもっと夢のようなものに変換させていくところまでを私の愉しみとして、また一つ新しい糸を引いてみたいと思いました。

 きっと今夜か、それか近いうちに、私が貴方と身体の関係をもつことはたやすくて、誰もが知っている俳優の家のベッドで、一晩の非現実を味わう、というのはきっとこの都会ではありふれた現実だと思うと一気にしらけてしまう。

 名前も与えられない、透明人間のような性として過ぎ去っていくのは嫌。

 私はたった一人の岡田美咲、という人間としてあなたの隣を何歩でも歩いてこそ、私は私であることの特別性を感じることができると思ったのです。

 岡田美咲が幸正さんに興味を持ったのよ。

 きっと、何かが始まっているんだと私は思った。

写真モデル=シイナナルミ
撮影=飯岡拓也
スタイリング=TENTEN