『ヒロアカ』の轟焦凍は、右手で凍らせ、左手で燃やす。科学的にスバラシイ奴だ!

マンガ

更新日:2018/9/10

『空想科学読本 滅びの呪文で自分が滅びる!』(著:柳田理科雄、イラスト:近藤ゆたか/角川文庫)

 魅力的なキャラが続々出てくる『僕のヒーローアカデミア』だけど、なかでも心惹かれるのが轟焦凍だ。

 オールマイトに次ぐ№2ヒーロー・エンデヴァーを父に持つ轟焦凍は、雄英学園に特待生として入学した。もちろん成績は優秀。だが、彼には深い影がある。

 焦凍の“個性”は、半冷半燃だ。右手であらゆるものを凍らせ、左手からは灼熱の炎を出すことができる。この両極端な能力は、それぞれ母親と父親から受け継いだもの。どうしてもオールマイトに勝ちたいエンデヴァーが、氷を出す“個性”の女性と強引に結婚し、計画どおり半冷半熱の焦凍をもうけたのだ。

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 オールマイトを超えるヒーローになるべく、彼は英才教育を施されるが、この状況に母親は心を病んでしまった。焦凍の左の顔には火傷の跡があるが、精神的に追い詰められた母親が、彼の左顔に煮え湯をかけたときのものだという。

 う~む、ツラい家庭環境である。そんな焦凍くんに、人生の先輩としてワタクシに言えることは……と考えてみたけど、何一つありません。とほほほ~。

 ただ、科学的な視点からは、声を大にして言いたいことがありますぞ。焦凍のこの“個性”は、ヒジョ~にナットクできる!

『僕のヒーローアカデミア』(堀越耕平/集英社)

◆凍らせ能力の問題点

 轟焦凍がその“個性”を初めて見せたのは、入学して間もない頃、授業の一環として行われた「屋内対人戦闘訓練」のときだった。

 焦凍は尾白猿夫と葉隠透の足を床に凍りつかせて勝利。そして、左手から弱い炎を出して解凍してやった。これに冒頭のナレーションがこう続いた。

 右で凍らし 左で燃やす! 範囲も温度も未知数!! 化け物かよ!!

「凍らす」と「燃やす」。右手と左手で、まったく逆のことができるのだ。ナレーションは「化け物かよ!!」と驚いているし、確かにそんな印象を受けるが、はたしてそうだろうか。

 マンガやアニメには、空中から雪や氷を出したり、海を凍らせたり……など「氷雪能力」を持った人々がたくさん登場する。だが彼らの能力には、科学的に見過ごせない点がある。

 空気中の水蒸気を凍らせるにも、海を凍らせるにも、熱を奪わなければならない。われわれは氷に触ると「冷たさ」が手に伝わってくるように感じるが、実際には手の「暖かさ」が氷に奪われているのだ。その「暖かさ」とは、科学的にいえば「熱」。水や水蒸気から、熱が別のところに移動して失われることによって、雪や氷が生まれたり、海が凍ったりするのである。

 身近なところでいえば、冷蔵庫やクーラーは、庫内や室内の空気から熱を奪っている。その結果「冷える」のだが、冷蔵庫もクーラーも、奪った熱をそのまま持っていたら、自分の温度が上昇する。だから、冷蔵庫は裏側や側面から熱を放出し、クーラーは室外機から熱風を噴き出す。冷やし続けるには、奪った熱を外に捨てる必要があるわけだ。

 同じ問題が、マンガやアニメの「雪を出したり海を凍らせたりするキャラ」にも降りかかるはずである。奪った熱を体にためると、体温が上がる。彼らはその熱をどこに捨てるのか? 不用意に捨てると、捨てたところが灼熱地獄に……。科学的に考えれば、氷雪系の人たちには、そういった問題がつきまとう。

 その点、焦凍は? そう。奪った熱の行方がハッキリしている! 右手で氷を作るために奪った熱を、左手から炎を出すことによって、きちんと放出している! 熱の収支がヒジョーに明確なのである。すばらしくないですか、これ!?

◆凍らせた分、熱もすごい!

 この“個性”は、威力の面でもナットク度が高い。

 氷をたくさん作るほど大量の熱を奪えるから、放出する炎も強力になるはずだ。

 たとえば気温が20℃のとき、空気に含まれる水蒸気をマイナス10℃の氷にすると仮定して計算すると「1㎏あたり645キロカロリーの熱を奪わねばならない」という結果になった。これはかなりすごい。

 つまり焦凍は、右手で645キロカロリーの熱を奪って1㎏の氷を生み出し、それによって左手で645キロカロリーの炎の攻撃ができるのだ。TNT爆薬は1gあたり1キロカロリーの熱を放出するから、なんと爆薬645g分!

 もちろん焦凍が作る氷は1㎏どころではない。体育祭で1体1バトルのトーナメントが行われたとき。1回戦で瀬呂範太と当たった焦凍は、体育館のドームを突き破るほどの氷を作り、範太を氷漬けにした。

 画面で氷の大きさを測ると、推定重量は3600tほど。この巨大な氷を作るために、焦凍は空気中の水蒸気から、23億キロカロリー=爆薬2300t分の熱を奪ったはずである。もしこの熱エネルギーを一気に左手から放てば、半径1㎞以内が爆風で吹き飛ぶ!

◆優しい焦凍のこれから

 だが焦凍は、この熱を攻撃には使わなかった。冒頭に書いたとおり、彼の左手の火を出す“個性”は父親から受け継いだものだ。だが、父・エンデヴァーに対して反発心を抱く焦凍は、その“個性”は戦いでは使わないと決意していたのだ。

 気持ちはわかるが、焦凍くん、奪った23億キロカロリーの熱は、すぐに放出しないと体温が激烈に上がるよ。キミの体重が60㎏の場合、氷を作ることで奪った熱23億カロリーを体内に溜め込んでいたら、体温は4600万℃に……!

 そう心配して、マンガのコマをよく見ると、焦凍は「すまねえ…やりすぎた」と謝りながら、氷を左手の熱で溶かしてやっている。優しいヤツなのだ。そしてそれは、自分の身のためでもある。できれば、もっとすごい勢いで熱を放出したほうがいいと思うけど……。

 その後、焦凍は主人公・緑谷出久との戦いを経て、両親へのわだかまりも克服し、左手の炎の“個性”も使うようになった。スバラシイことだ。そして、コミックス9巻の「THE・個性伸ばし訓練 ちょっと補足のコーナー」には、焦凍についてこう書いてある。

「熱湯に浸かりながら氷結を続けています。連続使用によって体が冷えてしまうのを防ぎながら続けることで、体が氷結に慣れていきます。また、湯の温度を一定に保つよう左側も使っています。これは炎熱の温度調整を可能にする為の試み。彼の“個性”は伸ばしていけば同時使用も夢ではないでしょう」。 おお、なるほど。同時に使えるようになったら、それはいよいよ理想的。体内の熱の流れはスムーズになり、氷と炎の強力な攻撃をいつまでも続けることができるだろう。

 父親との確執を完全に克服したとき、焦凍はめちゃくちゃ強くなる。今後の彼にますます注目だ。

*本連載は『空想科学読本 滅びの呪文で自分が滅びる!』(角川文庫)に収録している原稿を一部短縮しています。

◆プロフィール
柳田理科雄
1961年鹿児島県種子島生まれ。東京大学理科Ⅰ類中退。96年、経営していた学習塾の赤字を埋めるために『空想科学読本』を執筆したところ、60万部のベストセラーに。だが、塾は潰れてしまい、99年空想科学研究所を設立して研究と執筆に専念。2007年、希望する全国の高校図書館に向けて「空想科学 図書館通信」の毎週無料配信を開始する。13年スタートの『ジュニア空想科学読本』(角川つばさ文庫)が小中学校でブームになるなど、読者層はいまなお拡大し、著書の総累計部数は500万部。明治大学理工学部非常勤講師も務める。

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空想科学研究所 Twitter:@KUSOLAB