『働くおっぱい』「モテの秘訣は“穴”にあるという仮説」/紗倉まな

エンタメ

2018/11/20

 穴の確認は大切な儀式である。エロ現場での撮影前に行うこともそうだけれど、日常の場面においても、“穴のマナー”を徹底するのは欠かせない。

 そんなわけで、私は人前に出るときには必ず、「身体の一番上にある穴」をマネージャーに見てもらうようにしてもらっている。

「どうですか?」

 ヤンキーのように高圧的に顎を上げて、二つの穴を大きく広げ、なんとも無礼な格好でもって尋ねてみる。五回の頷き、異常なしのサイン。周りから「何をやっているんだろう?」と不思議がられることは避けられないが、「鼻の穴をチェックしてもらっているんです」と素直に伝えてみれば、「あー!なるほどね」と笑いながらも簡単に納得してもらえるので、そこまで変な習慣ではないと我ながら思っている節がある。

 このこっぱずかしく品の欠片もない習慣は、デビュー当時から何年も続いている。新しく入ったマネージャーも、仕事の流れが全くわからない状態のときから、拒否権を与えられる間もなく「エロ屋の鼻の穴を見せつけられる」拷問をもれなく受ける羽目になっている。

 たまにパワハラになってしまっていないかと不安にもなるが、あまりにも必死に確認する私の様を見て、みんな律儀に付き合ってくれる。業界を去っていったかつての私のマネージャーたちが、「まなちゃんってどんな子でした?」と誰かに質問される機会が訪れたときには、きっと、この強烈なイメージが、思い出の初っ端にでてくるのは間違いないはずだ。

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“穴のマナー”について話を戻すと、鼻の穴の中の状態を見て下すジャッジも、なるたけ厳しい方が助かる。言いにくいという気持ちを差し引き、事実を伝えなければならないので、心の優しい人はなかなかに躊躇するらしい。

 しかしながら、この“ちょっとした気遣い”はそれが大ごとにつながるので、慎重に丁寧に、光の当たらない場所で繁茂している奥の方まできちんと見てもらい、何かあれば、適切な処置をすることが要される。

 ちゃんと見てもいないのに「平気だよ~」と甘やかされては、非常に困る。同じ恥ならば、一生の恥よりも、一瞬の恥をとりたい。「奥の方に一件。手前にも少し長い毛が垣間見えます」このように指摘していただけたほうが非常に助かる。

 私に厳しい眼差しを向けられながら、マネージャーは今日も茂みをのぞく。そういう性癖ではないけれど、なんだかぐっと緊張感が高まって、羞恥プレイを率先しているような妙な気持ちになる。

「大丈夫です」

 ホッ。

 たまに、「ちなみに僕はどうですか?」とマネージャーが見せつけてくることもあるので、私も自分にしてもらったように、隈なく奥の方まで見て報告する。よって私の事務所のマネージャー陣たちの鼻の穴への意識は私と共に引き上げられているようだ。かなりの、“意識高い系”軍団である。(鼻の穴限定である。)

 ちなみに何かしらの存在の影を見つけたときは、マネージャーの表情が一変するのですぐにわかる。誠に申し訳なさそうな声で、

「います…」

 というもんだから、私の緊急スイッチが入り、周りにある死角を探し始めてオロオロする。

 た、大変だ…どうしよう…。持参した綿棒とスマホをもって、近くにある物陰にとりあえず逃げ込む。観葉植物の裏だったり、照明の当たっていない隅だったり、それがなければ最終手段、トイレへ行く。スマホのケースについた小さな鏡を見ながら、綿棒でぐるりと穴の中で円を描いて処理をする。鼻の穴の確認作業は見られても大丈夫だが、この“適切な処置”をしているシーンは、決して誰にも見られてはいけない。

 この儀式のおかげで、「これで絶対に大丈夫だ!」と安心を得られて、鼻の穴の平和と、精神安定が保たれている。安心するための何かしらの習慣というのは意外にも大切で、実際に、「今日は鼻の穴のチェックをしてもらっていないから、いつにも増して収録で大したことが言えないかも…」と気落ちして、妙な豆腐メンタルを震わせることだってある。万全な体調と、強固たるメンタル。そして「これをやったからうまくいく」というゲン担ぎがすべて整ってこそ、最大限の自分を出せるはずだと、そう思いこみながら生きている。

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 誰に言われたわけでもないけれど、やけに気にしてしまうそんな癖というのを、皆様はもっていらっしゃいますか。癖というのはきっと無意識に発症しているものではありますが、指摘されてしまうくらいに悪目立ちしているものもあるだろうし、全然人に気にされない癖もあり、自覚しているか無自覚なのかという差も含め、癖の程度は十人十色であります。

 先ほどまで散々話していた、私の鼻の穴の一件に関しては、これはもう、自覚症状ががっつりあるもの(というかもはや強迫観念の一種でしかない)ではありますが、他にも癖らしい癖というのは結構ある。それは自分が出演している動画や番組を見たり、喋っているのを聞いているときに見つけることが多い。つまり、客観視したり強い意識を向けなければ見落とす程度のものなのだけれど、その中でも私がよく“やってしまう”のは、やはり「穴の癖」であります(またかよ…と思われた方、すみません。また穴です)。

 例えば、話しているときに、口に手をかざしてしまう癖。小さい頃から中学に上がるまで、私は唇に指をあてるチック症的な動きがずっとやめられなかったのだけれど(かなりのロングランだ)、それを大人版に置き換えたのがこの所作であろう。

 ちょっと考え事をしているときや、返答に悩んでいるとき。沈思しようと気持ちの角度を変えようとしたとき。相手に口元を見られているのではないかと、露骨に緊張したとき。心理状態でいうと、この辺りの条件にあてはまったときに咄嗟に構えて癖を出してしまっているように思う。

 というのも、口は全てに先立って感情を表す器官のような気がしていて、ちょっとした口角の歪みですら気になってしまうからだ。表情や言葉が出るよりも先に、口の端のわずかな動きで、相手に自分の気持ちを汲み取られてしまうような不安が襲い、扱いきれない存在として、人様に見せるときほど隠すべきと心に強いられているように感じる。

 しかしながらAVの撮影中では、この「口を隠す」癖は、便利な所作へと一気に変わるので大変ありがたい。上下の“穴”を手で隠すという仕草は、執り行われるプレイへの恥ずかしさを表す唯一の抗いであり、“手で声を抑える”というわかりやすい動きでもある。観ている側を一つの興奮へと駆り立てるという意味での“画映え”になるので、AVの台本上でも「手で口を隠すのを多めに」と書かれていることだってある。

 スタートは、同じ“恥ずかしい”という感情であっても、「口をあまり見せたくない」という昔からの癖で派生したものであるとは、観ている人には多分思われていないだろう。そういった意味では、発する場によって「癖」の印象が異なったり、もしくはメリットと化す瞬間があるということでもあって、なんだか面白いのである。

 口の話になりましたが、それでいうなら、食事中ほどダイレクトに該当するものはない。口が最も活躍する場でもあるわけで、隠すべき瞬間がたびたび訪れる“気疲れオンパレード”だ。噛む音、噛み方、口の動かし方。すべてが気になる。あぁ疲れる。

 こうして考えてみると、口は、その人の印象操作の大半を担っているのかもしれない。言葉を発したり、食事を司るだけでなく、歯の並びなどの審美に関しても、その人の情報源として大きな要素になる。言葉は脳内で置き換えられる作業を挟むけれど、直接的な意味での口の相性といえば、舌の絡めあいやキスや陰部の舐め合いなどの性愛的な意味での相性も大きく出やすく、どうしてもその人の素質がなかなかにでやすい部位になっているのではなかろうか。

 快楽は入れたり出したりの摩擦だけで生じるものだけでなく、その口から発せられるものによっても当然ながら度合いは変わる。理不尽なことを言われても見事な切り返しをしたり、あわよくば笑いに変えるような口の達者な人を見て、人間的に惹かれてしまうのもそうなのかもしれない。つまり口の動き方は、夜の営みを、“滑らか”にも“ぎこちなく”にも変える力があるわけだ。食べ物や性のバランスが一番に出やすいだけでなく、マナーが宿る場所でもあるということは、口はその人のセンスが凝縮される部位でもあり、同時に“モテ”の発祥地なのかもしれない。

 もしかしたら口に対して抱いていた嫌悪感は、それほどまでに人間性を暴いてしまう、能弁で、かつ怖い器官であるということを、潜在的に読み取っている節があったからなのかもしれない。そして何よりも口でモテたことのない私からしてみたら(それでなくてもモテたことはないけれど)、それこそが一つの強いコンプレックスでもあり、いまだ解明つかぬままに生きている手探りな感覚が、癖として影響を与え続けているのかもしれない。

 あぁ、吸収と排泄のバイプレイヤーでもある口の働き方に、意識が強く動かされ、穴への意識が止まらない。お口のお作法。大人なのだから逃げずに、しっかりせねば。これからもきちんと学ばせていただきます。

バナーイラスト=スケラッコ