キャプテンコラム第20回 「苦しいことにひとりで立ち向かっていけないぼくを 被災地に連れて行ってくれたもの」

キャプテンコラム

2012/4/4

 

ダ・ヴィンチ電子ナビ キャプテン:横里 隆

ぼくたち電子ナビ編集部は、
どこか学生時代の部活動のようなところがあります。
だから編集長じゃなくてキャプテンなのです。
そしてネットの海を渡る船長という意味も込めて。
みんなの航海の小さな羅針盤になれたらいいなと。
電子書籍のこと、紙の本のこと、
ふらふらと風まかせにお話ししていきます。

 

 またしても久し振りの更新ですが、来てくださってありがとうございます。

 先日(3月24日~25日)、「ほぼ日刊イトイ新聞」さんが全力でサポートされた『気仙沼さんま寄席』(気仙沼さんま寄席実行委員会主催)に参加してきました。1泊2日の「カレイコース」というツアーへの参加でした。

 『気仙沼さんま寄席』は、被災地にボランティアや慰問という形で人が集まるのではなく、立川志の輔さんの落語を楽しむために全国から人々が集うという会でした。それは、気仙沼という町が自ら多くの人を迎え入れ、楽しませることができる段階になったという、復興の新しいステージを感じさせてくれるものでした。

 イベント当日の糸井重里さんの言葉が忘れられません。正確ではありませんが、糸井さんは次のようなことを話されました。

 「この会は特別な会です。それは、参加するすべての人々が仕事をする会だからです。スタッフのぼくたち(ほぼ日の方々)も仕事をしますし、落語を披露していただく志の輔さんも仕事をします。みなさんを迎える気仙沼の人たちも仕事をしますし、ツアーを仕切る旅行会社の人たちも仕事をします。そして、遠い距離を移動して気仙沼まで来てくださったみなさんも、気仙沼の町でお土産を買ったり食事をしたりしてお金を落とすことで仕事をしてくれています。この会はみんなが仕事をしている珍しい会なんです」と。

 それを聞いて、イベントに関わるあらゆる立場の人々(お客さんも含めて)は「うん。みんなでいい仕事をしよう!」と思いをひとつにしたはずです。少なくともぼくはそうでした。

 そこには、ただのお客さんはひとりもいなかったのです。参加する全員がそれぞれの立場でそれぞれ一生懸命仕事をして、そのことで喜びを分かち合っていました。

 ツアーに参加している最中、何気ないところでふと涙が止まらなくなったことが何度もありました。それは具体的に何かがあったということではなく、ただただ、そのツアーの心意気に感銘を受けたからだと思うのです。

 東京に戻ってきて、普段どおりの月曜日が始まって、あらためて感謝の気持ちが溢れてきて、ほぼ日さんにお礼のメールを送りました。
 以下がそのメールになります。

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糸井さん、ほぼ日のみなさま

一昨日、昨日の『気仙沼さんま寄席』ツアー、
すごくよかったです。
すっごくすっごくよかったです。
参加できて本当によかったと思いました。
素敵な旅をプレゼントいただき、こころから感謝しています。

恥ずかしながら、
被災地に行く勇気がずっと持てずにいました。
テレビや本で震災を追体験してポロポロ涙を流しながらも、
義援金を送ることくらいしかできませんでした。
うしろめたい気持ちが積み重なって、
ますます「今さら行けない……」となっていました。

でも、背中を押してくれる何かを探していたように思います。
それが糸井さんであり、ほぼ日さんであり、志の輔さんであり、気仙沼のみなさんであり、
それらの力が結集してつくられた『気仙沼さんま寄席』だったのです。
何よりもそのことに深く感謝しています。

本当に恥ずかしながら、
誰かに誘ってもらわなければ(もしくは誰かに強く背中を押されなければ)、
ぼくは苦しいことにひとりで立ち向かっていけない、弱っちい人間だと思うのです。
思えば、10年以上習っているクラシックバレエも、
一緒に習っている漫画家さんに強く誘われて始めたものでしたし、
10年間務めた編集長という役割だって、
前の編集長から「つぎ、お前ね」と強引にバトンを渡されて始めたものでした。
苦しいとわかっていることで、自分から「はいはいはい!やります!」って手を上げたことって、
もしかしたら今までなかったかもしれません。
だから『気仙沼さんま寄席』がなかったら、
ぼくは一生被災地には行けなかったかもしれないのです。

ああ、『気仙沼さんま寄席』があってよかったー。
参加できて本当によかったー。

そして実際に参加した『気仙沼さんま寄席』は、
苦しいどころか、楽しくてあたたかくてじんじんする、
おもてなしの気持ちにあふれたものでした。
糸井さんが「仕事」とおっしゃったことは、
「おもてなしの気持ち」にも言い換えられると思います。
気仙沼のみなさんのおもてなしの気持ち、
糸井さん&志の輔さんのおもてなしの気持ち、
ほぼ日のみなさんのおもてなしの気持ち、
旅行会社のみなさんのおもてなしの気持ち、
そしてたくさんのおもてなしの気持ちを受け止めたぼくたちが、
それに応え、お返ししたいと思う気持ち、
それらはまるっと360度でした。
『気仙沼さんま寄席』にかかわる全員のおもてなしの気持ちの矢印が、
360度みんなに向いていました。
みんながみんな、みんなを大事に思ってる。
それは本当にすごいことだと思いました。

だからもう泣きましたよー。
泣いて笑って泣いて笑って泣いて……を何度も繰り返しました。
志の輔さんの落語にも、バスの中での一代さん(※)のお話にも、
泣いて笑って泣いて笑って泣いて、もう困っちゃうくらいでした。
はじめてちゃんと聴いた「目黒のさんま」にも泣きましたもん。
あれ?なんでぼくは「目黒のさんま」に泣いてんだろ??
そっか、『気仙沼さんま寄席』という場に感極まってるんだーって気づきました。

そんな場をつくってくださって
本当に本当にありがとうございました。

ぼくはまた、必ず気仙沼に行くでしょう。
今度はちゃんとひとりで行ける。
そう確信しています。

それがいちばん大きな贈り物です。

何度でも言います。
ありがとうございました。

(※)一代さん=菅野一代(かんのいちよ):気仙沼市唐桑地区の鮪立湾で牡蠣、帆立、わかめの養殖を営んでいる「盛屋水産」のおかみさん。被災し全壊した自宅をボランティアの宿泊ベースとして提供し、気仙沼の漁業が復興するための活動を日々精一杯行っています。『気仙沼さんま寄席』のツアーでは「カレイツアー・2号車」のバスで被災地(陸前高田→気仙沼)のガイドを担当してくださいました。明るくエネルギッシュで、きらきらしたオーラを持ち、会う人すべてを魅了する素敵な女性です。話を聞いているだけで力が湧いてくるのです。糸井さんいわく「一代ちゃんはスターだから」とのこと。こういう女性がたくさんいる気仙沼、いや、東北には底力がある!と素直に感服しました。

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 自分がプライベートで書いたメールをこうした場所でお見せするのはルール違反のような気もしますし、これまた恥ずかしさでいっぱなのいですが、ぜんぶ本当の思いですから、うーん、お許しください。

 さて、話は横道にそれますが、最近よくビジネスシーンで「Win-Win」という言葉を聞きます。これは「自分も勝ち、同時に相手も勝つ」というものです。互いがメリットを享受しなければビジネスの関係(取引)はうまくいかないというもの。近江商人の経営理念である「三方良し(さんぽうよし)」も同様の考え方で、「買い手良し、世間良し、売り手良し」の意味があります。
 しばらく前までよく耳にした「勝ち組vs負け組」のような考え方ではなく、関わるすべての人々が“利益”とか“メリット”とか“喜び”を得られる関係こそが未来を創っていくものだと思うのです。

 『気仙沼さんま寄席』は、まさにそうした場でしたし、それを目指した糸井さんの挑戦だったと思うのです。

 そしてそれは、ネット社会が実現しつつあることだとも思います。

 思えば、このキャプテンコラムの第1回目「やさしい時代に生まれて」では、「やさしい時代」はネットをもって完成されようとしていると書きました。また、第3回目「泡とアミノメの世界の中で」では、均等で平等なアミノメ(網の目)の構造は、「FREE」と「SHARE」が実現される構造なのかもしれないと書きました。
 ネット社会の“アミノメ”のような情報の流れの中で、従来の、上から下に一方的に情報が下ろされるような流れは駆逐されていきます。タテ方向の動きではなく、タテもヨコもない立体的なアミノメの中を情報が行ったり来たりするのです。
 タテの動きは、ピラミッド型の階層社会とそこでの上昇志向と繋がっていて、勝ち=上、負け=下、という価値観を生み出します。
 対してアミノメの動きには上下も左右もなく、よって勝ち負けもなく、みんなが楽しいと思うこと、うれしいと思うことが縦横無尽に広がっていきます。

 『気仙沼さんま寄席』はタテの力(上からの力)でつくられたものではなく、アミノメの動きで生み出され、繋がったものでした。
 それは、ぼくたちが生きる社会のこれからのモデルとして大きなヒントになるものであり、ネットの価値観がリアル社会に反映されて出現したもののようでもありました。

 もっともっと、世の中はよくなっていくはず。
 ネットのアミノメ革命が、ぼくたちの社会にも、電子書籍にも紙の本にも広がっていって、ぼくたちは変わっていく。そう信じているのです。

※     ※     ※     ※

 さて、じつは今回が最後のキャプテンコラムとなります。私事ながら、3月末でダ・ヴィンチ編集部およびダ・ヴィンチ電子ナビ編集部を離れることとなりました。
 上記にも書きましたが、今まで苦しいと分かっていることに自分から率先して挑戦することがなかったぼくですが、この年になって、新しい何かに全力で挑戦してみたくなったのです。その意味でも、『気仙沼さんま寄席』では、糸井さんや志の輔さんや一代さんに力をもらいました。「もう遅いかもしれないけれど走ればまだ間に合う」という言葉を胸に、新たなステージに挑んでいきたいと思います。
この一年間、つたない文章を読んでくださって本当にありがとうございました。

 今、出版業界は、構造的な低迷に苦しんでいます。頼みの綱の電子書籍の普及も、まだまだこれからが正念場です。それでも、本はやっぱりおもしろいメディアだと思うのです。多様で、自由で、個人的で、全体的で、賢くて、まぬけで、まじめで、ふざけてて。
 こんな素敵な本というものを、これからもずっと好きでいてください。そして、たくさんの本と出会ってください。そのとき、ダ・ヴィンチとダ・ヴィンチ電子ナビがあなたの役にたてますように。
 どうか、どうか。

(第20回/最終回・了)

第1回 「やさしい時代に生まれて〈その①〉」

第2回 「やさしい時代に生まれて〈その②〉/やさしい時代における電子書籍とは?」

第3回 「泡とネットとアミノメの世界の中で」

第4回 「電子書籍の自費出版が100万部突破!〈その①〉/メリットとデメリット」

第5回 「電子書籍の自費出版が100万部突破!〈その②〉/出版界の反撃」

第6回 「海、隔てながらつなぐもの」

第7回 「ITユーザー(あなた)は電子書籍の行間を読むか?〈その①〉」

第8回 「ITユーザー(あなた)は電子書籍の行間を読むか?〈その②〉」

第9回 「もしもエジソンが電子書籍を作ったら?〈その①〉」

第10回 「もしもエジソンが電子書籍を作ったら?〈その②〉」

第11回 「大きい100万部と小さい100万部」

第12回 「ぼくがクラシックバレエを習いつづけているわけ」

第13回「生まれ変わったダ・ヴィンチ電子ナビをよろしくお願いします」

第14回「見上げてごらん、夜の星を」

第15回「ひとり占めしたい!という欲望は、電子書籍でどう昇華されるのか?」

第16回 「本屋さんへ行くとトイレに行きたくなりませんか?」

第17回 「マンガを読むとバカになる!と言われたことで生まれた豊かな表現たち」

第18回 「霧の中で立ちつくしている、あなたへ」

第19回 「宮沢賢治と紐のついたシャープペンシル」